【青の楽園 第二話】

翌日もジムゾンは昼近くまで惰眠を貪るつもりだった。神学校時代の生活規則も朝の祈りさえどうでも良いと思えるほどに昨日の出来事は衝撃的で心底疲れ果てていた。規模が小さく関わりあいも密なこの村は自分の家も同じ。神父としてあるべき姿など今は忘れて一人の村人として甘えていたかった。
心地よい木のざわめきと小鳥のさえずりでのんびり目を覚ませたら。だが現実は朝早くの大声とドアを乱打する音で迎えるという最悪の目覚めだった。
ジムゾンは目をこすりながら緩慢な動きで寝台から降りる。ぼんやりしていた頭がなんとか動き出し、大声の主がディーターである事が解った。
「ああもう。起きてますよ…。」
ジムゾンは寝巻のまま不貞腐れた表情でドアを開けた。すると突然体が締め付けられて自由がきかなくなった。紫色の布地が視界の殆どを遮っている。それがディーターの服の襟であり、自分がディーターに抱きしめられているのだと認識するまでには暫く時間がかかった。
一体何なのか聞こうにも締め付けられていて声もろくに出せない。ディーターの背中を叩いて訴えると漸く体が解放された。
「良かった。何も無かったんだな?」
「強いて言えばたった今酷い目にあいました。」
いよいよ不機嫌になったジムゾンは、自分がどれだけ眠りを欲していたかを皮肉たっぷりに語ろうとしたが会話の切り口はディーターに先んじられた。
「ゲルトが殺された。」

「警察の話では物取りの犯行ではないかという事だ。」
ヴァルターは机に肘を突き顔の前で手を組んだ。現場となった宿屋の一階には数えるほどしか居ない村人が子どもを除いて一堂に会していた。皆一様に黙し面持ちは暗い。午前中は警官があちこち調べ回って騒がしかったが、日も傾いた今はもしもの時の為に三人ばかりが現場の警備と巡回にあたっているだけだ。
「という事は何か盗まれていたと?」
オットーの問いを受けてヴァルターの顔には困惑の色が浮かぶ。
「いや、家が引っ掻き回されていただけで具体的に何が盗まれたかは調査中なのだそうだ。」
オットーはため息と共に了解のそぶりを見せて椅子に背をもたせた。
ゲルトはつい昨年までしがない大学講師だった。しかし流行り病で相次いで両親が亡くなり、その代わりに莫大な遺産を相続した。大学で教鞭をとらずとも好きな研究に打ち込めるとなってつい最近村に帰ってきたばかりだった。
遺産の話は少なくとも隣町にまでは知れ渡るほどの噂になっていた。その話をどこかで聞いた盗人がゲルトを狙ったとしても不自然ではない話だった。
「でも…それだけの為にあんな惨い殺し方をするなんて…。」
カタリナはそう呟きながら涙をこぼした。
ゲルトの死体はそれは無惨な物だった。四肢はありえない方向に捻じ曲げられ、胴体は真っ二つにされていた。切れ味の悪い重い刃物を何度も何度も叩きつけて切ったかのような跡形からして、とてもただの物取りとは思えない手口だった。それが、警察の所見に皆が疑問を抱く第一の理由だった。
「ただの物取りなら家だけを狙えばいい話じゃないか。ゲルトは昨日宿屋に泊まって家は空けてたんだ。それをわざわざ殺しに行くものかな。」
「ふむ…。」
率直なヨアヒムの問いにヴァルターは唸って目を閉じた。
ゲルトが殺されていたのは宿屋の一室だった。昨日遅くまでアルビンと飲んでいたゲルトはとても歩ける状態ではなく宿屋に泊まっていた。
「僕はゲルトに恨みをもってる奴の犯行で、家を引っ掻き回したのは偽装工作じゃないかと思う。」
ヨアヒムの感想に皆は沈黙を続けていたが、誰もが同じ思いだった。

「だけど誰が?ゲルトと関わりがあって、昨日宿屋に泊まった事を知ってる人間となると…ここの住人以外に無いじゃないか。この中でそんな事をする奴が居るっていうのか?」
再び場は沈黙に支配される。だがこれまでのような悲しみの沈黙ではない。ヤコブの何気ない一言はまるで落とされたインクの一滴のように心の泉を黒くよどませていく。
皆ゲルトの死を悼み悲しみに暮れている。多少の競り合いはあっても信頼しあう村の仲間にそんなやからが居るとは思いたくない。けれどこの中の誰かがゲルトを惨い方法で殺した。信じたい気持ちと信じられない気持ちがせめぎあい、村人達は一様に押し黙ってうつむいた。
「ともかく、後は警察に任せよう。我々にできる事はゲルトの魂の平安を祈る事と…せいぜい自分の身を確実に守れるよう気を配る事しかない。」
皆席を立ち始めたその時だった。
「私…。…こ…。心当たりがあるんです…。」
震えるか細い声に皆一斉に反応する。青ざめた顔のアルビンが椅子に座って硬直したまま呟いていた。
「それは本当かね。」
ヴァルターが問いかけるとアルビンは小さく何度も頷いた。退出しかけた人々は再び席についてアルビンを見つめて続く言葉を待った。
「ば、馬鹿にしないで聞いて下さいよ。私だって、まだ信じられないんですから。」
「解ったよ。馬鹿になんてしないから。」
皆の気持ちを代弁するかのようにヨアヒムが急かし、アルビンは語り始めた。

「人狼?」
ヨアヒムの問いにアルビンは再び小刻みに頷いた。そうして辺りを見回すと失望をあらわにしてため息をつく。アルビンを見つめる皆の表情は疑念や驚きと様々ではあったが、今しがた語った話を疑っている事だけは確かだった。
「つまりこの村に殺人鬼が居て、それが誰なのかゲルトが知っていたから殺されてしまったって事?」
若い好奇心が先んじるパメラは事の真偽はさておき興味津々でアルビンに問いかける。
「そうなんですよ。いえね、私も昨日は嘘だあって思ってたんですけど…ゲルトさんの話っぷりだとそうも思えなくて。それにあんな事件が起こったとなるとなおさら…。」
「馬鹿馬鹿しいよ。アメリカの小説じゃあるまいし。」
切り捨てたのはヤコブだった。ヤコブは聊か憤慨した様子で身を乗り出す。
「この村にそんな事する奴なんて居ない。ゲルトは頭のイカれたよそ者の強盗にやられたに決まってる!」
話すにつれて語気が荒くなるヤコブを横合いから異常者肯定派のパメラが宥める。その際にふとした衝突が起こったようで、二人は何時ものように言い合いを始めた。
「調べてみる価値が無いとは言えない。」
呟いたのはニコラスだった。
「そうだね。警察に言っても聞いて貰えそうにないし。…僕明日からでも調べてみようと思う。」
「あの様子じゃ明日には引き上げちまうだろうからな。」
賛意を示すヨアヒムにニコラスが言い添える。
「調べるの?だったらあたしも手伝うわ!」
ヤコブとの言い合いをやめてパメラが手を挙げる。
「パメラ。」
レジーナは不謹慎だと少し語気を強めて窘めた。
「探偵ごっこじゃないんだぞヨアヒム。それに、ニコラス君も。」
「いいじゃないか村長。」
呆れた様子のヴァルターを宥めたのはトーマスだった。
「私も気になる。ゲルトの家を整理する片手間で調べるのなら構わないだろう。」
「じゃが、身寄りが無いとはいえ人の家をあまりいじってものう…。警察もまだ調べる事があるじゃろうし。」
トーマスについでモーリッツも意見し、皆口々に意見を言い合い始めた。
「よし、解った。」
ヴァルターの声にざわめきが静まる。
「明日私から警察にかけあうよ。アルビンは明日私と一緒に来てくれ。警察でまた同じ話をして欲しい。まだここに居ても大丈夫だろう?」
「は、はい。」
「それで警察の調査が終わって許可が出次第ゲルトの家の片付けを始める。その際気付いた事や気になる事があったらまた皆で話し合おう。」

「今夜はどうする?」
集会が終わってディーターはジムゾンに問いかけた。
「え?あ、ああ…。」
殺人事件騒ぎでジムゾンは自分の身の事などすっかり忘れてしまっていた。会議でもトーマスと会話をする事もなく、トーマスもまた先に帰ってしまっていた。神父として村に戻ってきてからはずっと表向きに他人行儀にしてきたので、会話をしない事も帰路を同じくしないのも不思議な事ではない。
「今日は教会に戻ります。…こんな時におかしな事も起こらないでしょう。」
苦笑して大丈夫だというジムゾンにディーターは何処か釈然としない表情を返して暫く黙って考え込んでいた。
「ちょいとあんたたち。もう閉めるよ。」
見れば二人のすぐ横にレジーナが鍵の束を持って立っていた。
「ごめんなさい。今から帰ります。」
「ジムゾンはもう書類は終わったのかい?司教会に出すとか言ってたの。」
「終わってませんけど…。」
ジムゾンは言葉を濁し複雑な表情でレジーナを見る。
「…まあ薄気味悪いよね。警察の人が居てくれてるけどアルビンも今日は一階のソファで寝るとか言ってたよ。」
そう言ってレジーナは苦笑した。
「ニコラスさんは?」
「あの人は同じ部屋でいいってさ。元軍人だからねえ。あんたの親父と一緒で肝が据わってるよ。」
「ニコラスさんって軍人だったんですか?」
ジムゾンは驚いて目を丸くした。ニコラスはアルビンと同じで時折村を訪れる旅人だ。年の頃は四十代前半。古臭い衣服に身を包み、茶色の髪の毛も髭も適当に刈っている。何処と無くディーターにも似た風体をしているが無口であまり多くは喋らない。金に困っている様子は無いものの、一体何で生計を立てているのかどういう過去があるのかは知らなかった。
「トーマスと同じ国王軍だったらしいねえ。っても面識は無いみたいだけど。で、早くに辞めて今は傭兵やってるんだよ。」
「それなら頼もしいですね。」
「いっそずっと居て貰ったらどうだ?」
ジムゾンの言葉に頷きながらディーターはニヤニヤ笑った。レジーナは十年ほど前に夫を亡くしている。僅か二十六歳で未亡人となってしまって以来ずっと一人で宿屋を切り盛りしてきた。幼い頃のディーターとジムゾンの喧嘩を終わらせるのは何時もレジーナの役目で、二人にとっては姉のような存在だった。
「馬鹿言ってんじゃないよ。」
レジーナは鼻で笑って即答するが、まんざらでもないようだ。
「その時は教会に来て下さいね。ふふ。」
「あーもうあんたたちは!大人をからかうんじゃないの!」
ジムゾンにまで言われてレジーナもさすがに顔を赤くする。
「俺らももう大人だよなあ、ジムゾン。」
「そうですよねえ、ディーター。」
ディーターとジムゾンは顔を見合わせて笑った。
「あたしにしてみりゃ二人ともまだ子どもだよ。…ま、いいさ。
じゃあお休み。気をつけてお帰りよ。」


翌日、宣言のとおりにヴァルターは警察にかけあった。予想通り“人狼”云々の話は聞いてはもらえたものの、その方向から本式に調査をする様子は見られなかった。銀行の通帳は見付かったが、両親の遺産の一つである宝石がごっそり無くなっていた。それによって警察は強盗と断定。自宅から離れた場所に居たゲルトが惨殺されたのは、恐らく犯人は共産主義者で富裕層に対する妬みからの物だろうとされた。現場での捜査は終了し、捜査員達は早々に街へと引き上げてしまった。
「あれ、リーザが欲しがってたんだ。」
片付けを手伝いながらペーターがぼやいた。あれ、とは宝石の事らしい。
「前にゲルト兄ちゃんが見せてくれたんだ。リーザが凄く欲しそうでさ。もうちょっとリーザが大きくなったらあげるよーって言ってた。
宝石が欲しいならリーザみたいに欲しいって言えばよかったんだ。ドロボーして殺しちゃうなんて、最低だ!」
ペーターはまだ赤い目をごしごしこすりながら腹立ち紛れにガラクタを放った。
「ペーター、そんなに乱暴に放っちゃだめじゃない。犯人の手がかりが消えちゃうかもよ。」
パメラは慎重な手つきで散らばった品物を拾い集めている。ご丁寧に手には手袋もはめていた。気分はすっかり探偵だ。
「見事に引っ掻き回されてるな…。」
感心したように呟いてニコラスはぐるりと辺りを見渡した。部屋は滅茶苦茶に荒され、足の踏み場も無い。それが家中なのだから驚きだ。
「村人総出でも片付かないかもしれませんね。」
ジムゾンは本を整えながら遠くを見つめた。本も全部棚から引き出されて床にぶちまけられていた。
「へそくりでも入ってると思ったのかな?」
苦笑してヨアヒムもまた本を拾う。すると突然ニコラスが早足で歩み寄り、しゃがみ込んで落ちた本を繰り始めた。ジムゾンとヨアヒムは思わず手を止めてぽかんと見つめる。
「…あった。」
ニコラスの呟きを聞いたペーターやパメラも寄ってきて後ろから覗き込んだ。ニコラスがかがみ込んだ前の床に広げられた本はゲルトが専門にしていたスコラ哲学の研究書だった。無神論者のユダヤ人が提唱した思想が世を賑わせている中では実に目立たない古臭い題材だ。しかしながら分野特有の抽象的に回りくどく記述された理論は健在でパメラは一行読んだだけで軽い眩暈を覚えた。ジムゾンは神学校時代に馴染んだ文面を目で追うが、人狼の単語一つも記述されている様子は当然ながら無い。一体何なのかをヨアヒムが問う前にニコラスが口を開いた。
「村長に言って皆を招集して貰ってくれ。」


宿屋一階には淹れたてのコーヒーの香りが漂っていた。机には村人全員分のコーヒーカップが置かれ、それぞれに湯気を立ち上らせている。全員が揃ったのを確認するとニコラスが立ち上がった。
「あまり良くない知らせがある。」
単刀直入な言葉を受けて皆の動きがピタリと止まった。アルビンはコーヒーを気管に入れてしまい思いっきり咽ている。アルビンの咳が落ち着くのを待ってニコラスはすっと一冊の本を掲げた。
「ここに血痕がある。」
ニコラスが指し示すまでもなく本の左右両端にべったりと赤茶けた汚れがついているのが解った。
「俺が最初に見つけたのは表紙の見え難い場所にあった。が、これなら解るだろう。」
「もったいぶらずに教えてくれよ。」
オットーが急かし、ニコラスは本を一旦机に置いた。
「ここから解る事はまず、犯人はゲルトを殺してから家に侵入したという事だ。」
「それなら知ってるよ。扉に血の手形が幾つもついてたし、警察もそう言ってた。」
不満げなヨアヒムの声にニコラスは一度だけ頷いて視線を戻した。
「では犯人が警察の言うように頭のおかしな革命支持者の強盗だったとする。先ずにっくき思想の敵を殺し、次に金目の物を盗む段階に入る。さて、犯人が一番に探すのは何だろうな?」
「…お金、だねえ。」
レジーナの答えに全員異論が無いのを見てニコラスは言葉をついだ。
「手には血が付着している。だから当然家の扉についた。だがそういう過程を経ていくうちに血は次第にふき取られていく。事実家の中には殆ど血痕が残っていない。だがこの本にはついている。血の量は扉ほど多くない。その意味する所は?」
「最初に本を取った、って事だね。」
「そう。ならばどうして本を最初に取ったのか。」
「ん…お金を探すため?」
「こんな所に挟める金はたかが知れてる。」
リーザの懸命の答えにも容赦無くニコラスは突っ込む。
「じゃあ、じゃあ、通帳!」
それを庇おうとしてかペーターが元気に答えた。と同時に場の空気が一変する。
「そうだな。強盗の狙いが通帳であり、本に隠されていると思っていたのなら最初に本を手に取るという行動にも合点が行く。だが思い出してくれ。通帳は無事だったんだ。」

まだ意味が解っていないペーターやリーザを除く全員が言葉を失っていた。
「家財道具につけられた血痕は殆ど本や本棚、そして書類に集中している。つまり犯人の目的は金ではなく、何かの書物だったという事だ。
最初俺は通帳だと足がつくから、通帳は捨てて宝石を盗んだ強盗なのかとも思っていた。金より先に殺人が行われた事も、警察が言っていたようにイカれた革命支持者ならありえるとも思った。…ここじゃ解らないだろうが、都市部の暴動は酷いもんだぜ。
だが犯人が最初に本を調べていたという事実があがった以上、この説は切り捨てなければならない。」
「最初は通帳が目的だったけど、足がつくって気が付いて思い直した…とか…。」
ヨアヒムがおずおずと意見する。
「宿の誰にも気付かれずにあんな手口でゲルトをやった計算高い人間がそんなヘマすると思うか?」
もう反論の余地は無かった。血痕を除けばニコラスの説とて所詮は仮説に過ぎないのだが、本の血痕という事実を踏まえた時には数ある可能性の中でも一際信憑性の高い物だった。
「…これは…食い下がってでも再捜査を要請せねばならんな…。」
ヴァルターは眉間に深く皺を刻んでうめいた。
「ああ。それに全員の前科なども、あれば調べて貰ったほうがいい。」
尤もなトーマスの提案に皆賛意は示すものの、どこか複雑な表情を浮かべていた。昨日この場で投じられたインクの一滴が二滴、三滴と増えていく。ぽつぽつと音を立てて。
重苦しい沈黙の中でジムゾンが我に返ると水滴の音は現実にも聞こえていた。
「雨だ…。」
オットーが呟いて窓の外を見た。ささやかな雨音は大した時間もおかずにドオという滝のような音へ変わった。遠くでかすかに雷鳴も聞こえ始める。
「このまま嵐になるわ。」
静かに言ったのはカタリナだった。羊の放牧の為常に天気を観察しているカタリナにはこれが夕立ではなく嵐なのだと言う事が明確に区別できていた。
「しょうがないね…。今夜は皆ここに泊まりな。家まで帰ってたら風邪ひいちまうよ。」
レジーナの提案にペーターとリーザは歓声をあげた。彼らにとってはお泊り会の感覚しかない。だが一番考えたくなかった事態が現実になった事を知った他の者達の気分が晴れる事は無かった。


翌朝になると嵐はもう止んでいた。激しい風雨に落とされた葉が一面に散っていたが、空には雲一つ無く夏の太陽が大地を照らしていた。
ヴァルターは朝一番に馬に乗って隣町まででかけた。
「警察みたいに村にも一台車があれば便利なのになあ。慌ててつり橋から落ちなきゃいいけど。」
「大丈夫さ。村長はここぞって時にこそ理性を保てるからね。」
心配そうなヨアヒムに軽く返しながらレジーナは朝食の支度を始めた。丁度最後の子ども達が起きだしてきて食卓には全員が揃っていた。全員無事なのだ。この中に殺人鬼が居るだなんて矢張り絵空事のように思えて皆も心持ち元気を取り戻していた。
レジーナが熱したフライパンに卵を落そうとしたその時、宿屋の扉が開いた。おや、と思い火を止めて広間に向かうと先程出て行ったばかりのヴァルターが佇んでいた。しっかりと立ってこそいるが、その顔面は蒼白だった。
「橋が…落とされた…!」

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