【恩愛の夜明け 第七話「呪具と伝承」】

 オルミュッツを後にして三日の後、一行はウィーンへと辿り着いた。ジムゾンに元気が無い事を除いては、比較的快適な道程だった。黙り込んでいるなど極端な態度には出ていなかったが、ジムゾンは確実に気落ちしていた。原因は勿論、皇帝からの誘いの件である。ディーターとロタールには何となく解っていたが、ニコラス達は普段と違うジムゾンの様子を不思議がるばかりだった。
 クララが無事で、しかも突然現れてライナーが狂喜した事は言うまでもない。なんだかんだと言いながら大事にされているクララを、ジムゾンは少し羨ましくも思った。
「なんだか照れくさいですね」
 男装を解いて漸く普段着に戻ったクララははにかんで笑う。どこか普段とは違うライナーの様子に戸惑っているようでもあった。しかし突然クララは姿を消すわ、銃撃されて破傷風にかかっていると知るわ、等々。尋常ならざる喜びようを招くに足る、尋常ならざる事態があったのだから、さもありなんとも思われた。その日は全員がライナー宅で一晩を過ごした。
 翌日、ヨハネスは暫く休息を取る為、ニコラスと共にベネディクト会修道院へ身を移す事となった。ロタールは帰途につき、ディーターとジムゾンはウィーンを後にする筈だった。
 しかし突然、ジムゾンはウィーンに残ると言い始めた。ディーターに問われても、もう決めたの一点張りである。去りかけたヨハネスとニコラスは突然の騒ぎを聞いて玄関を振り返る。クララは奥に下がり、ライナーとジムゾン、そしてディーターとロタールとが玄関先で立ち止まる恰好となっていた。昨日からまた降り始めた雪が激しさを増していたが、四人はそんな事もお構いなしと言った様子だった。
「陛下の我侭のようなものですから、無理に従われる事も無いのですよ」
 ライナーも戸惑っていたが、ジムゾンは頑として考えを曲げなかった。
「いいんです。私にとっても願ったり叶ったりですから」
 ジムゾンの態度は頑なで、それだけでも本心ではないと量るに十分だった。
「本心では無いでしょう」
 ロタールから訝しげに指摘され、ジムゾンは言葉に詰まる。
「お前な、こないだから何だか解らねえが、言いたい事があるんならハッキリ言やいいじゃねえか」
 さすがにディーターも呆れた様子だった。
「答えを期待して質問するくらいなら最初から素直に言えよ。共有審問官の引っ掛け質問じゃあるまいし。上手く嵌りゃ儲けもんだが、独善で突っ走って失敗した例は枚挙に暇がねえ。なあジムゾン。お前、何して欲しかったんだ?何を聞きたかった?言わなきゃ解らねえって、俺前にも言ったよな」
「ディーターさんもああ仰っていますし、ここは一度話し合われた方が――」
 ライナーも言い添えるが、ジムゾンは益々態度を硬化させるばかりだった。
「決めたったら決めたんです!何時までもフラフラしてるのは嫌ですから!」
 と、言い捨ててジムゾンはライナーを急かした。ライナーは、いいんですか、と何度も念押ししつつジムゾンと共に邸内へ姿を消した。何事かと戻ってきたヨハネスとニコラスに、ディーターは解る範囲から説明して聞かせた。

 遠くスコットランドの名を冠するベネディクト会修道院は大きな広場の前にあった。さすがウィーンと言った所か、清貧を旨とするベネディクト会修道院だが聖堂などは絢爛たるものだった。そんな修道院の一角にある客人用の待合室で、四人は分厚い木の机を囲んでいた。部屋の窓からは降りしきる雪が見えるばかりで、カンテラに火を灯さねば夕方のような暗さだった。それさえ除けば院内の音も殆ど聞こえず、話し合うには丁度良い場所だった。
「一つ確実なのは、神父さんが本心からウィーンに残る事を望んでいないという事ですね」
 ニコラスの言葉に全員が沈黙で賛意を示した。
「何事も無かったと思うんだがなあ」
 ディーターは皆目見当がつかず、ただ首を捻るばかりだった。
「受けざるを得ない何かがあったか、もしや私の言い方が責めているように思われしまったのか」
 ふと出たロタールの言葉に全員が反応した。
「なんか説教でもしたのか?」
 ディーターに問われ、ロタールは渋い顔でオルミュッツの一件を話した。宮廷からの誘いを話して聞かせた事。ジムゾンがはっきりしない態度だったので、“あなたとしてはディーターと四六時中共に居たいところかもしれませんがね”と、嫌味を言った事を。
 ロタールとしては、一時の感情と今後の生活については分けて冷静に考えろと釘をさしたつもりだったが、その後の様子を見ていると予想以上になにか深刻に受け止めているように見えたらしい。
「そういやあいつ、あんたの部屋から戻ってきて俺に聞いたんだよ。もし自分が宮廷司祭になったらどうするかって。俺は旅でもするわって答えたんだが。その後拗ねちまったんだよな」
「ああ」
 一人解ったように呟いたのはヨハネスだった。
「ジムゾン神父はあなたに引き止めて欲しかったのかもしれませんよ」
「じゃあ俺が『行くな!俺と一緒に居てくれ』なんて言うのを期待していたのか」
 完全に呆れ返ったディーターに、ヨハネスは一度だけ頷いてみせた。ディーターはわけわからん、等と呟きながら大きなため息をついた。
「自信が無くなっていたんでしょうねえ」
 ニコラスが言い難そうに苦笑した。
「あいつの人任せは今に始まった事じゃねえけどよ。独善やら身勝手やらで振り回して欲しかったなんてわけ解らん」
「それと気付かず、身勝手な人を頼もしく思ったりもするものですよ。自分を導いてくれる人なんだと」
「世間知らずの小娘じゃあるまいし」
 達観して語るヨハネスに、ディーターは思わず突っ込んだ。若い娘や理想に突っ走る若者ならともかく、ジムゾンはいい年をした聖職者だ。ありえないと一旦は思ったが、よくよく考えてみればジムゾンはそういう奴だった。幼い頃の様々な出来事が要因となったのかは解らないが、汚い物を全て遮断して美しい物しか見ようとしてこなかった。世界の汚濁と向き合った上で神に救いを求めた口ではない。
「しかしなあ。そういう悪い癖、村を出て蟠りがとけて以来もう随分出て無かったんだよな。何で今更俺の顔色を窺うんだか……」
「やはり本人とちゃんと落ち着いて話す必要がありそうですね」
 ニコラスの言う通りここで考え込んでも仕方が無い。まずは面と向かって問い質すのが先だ。ディーターは立ち上がるが、あれから少しばかり時間が経ってしまっている。もし既に王宮へ行ってしまっていたらディーター一人では乗り込むのが困難だ。そこでロタールも同行する事になり、二人は足早に修道院を後にした。

 一方その頃、ジムゾンは宮廷図書館でぼんやりと本を眺めていた。まだ時間がかかるとの事で、図書館を待合室代わりに使わせて貰っていた。黒い森の伝承集も気になっていた所だ。
 ライナーはオットカルに呼ばれて別室へ行ってしまった。本来ならライナーがジムゾンを連れて行くのが筋なのだが、案内はここまでで良いと言われてしまったらしい。それよりも、プラハに行っている間連絡も無しに会議を欠席した件について聞きたい事があるのだとか。老齢の侍従はその旨を説明し、また呼びに来ると告げて去っていった。
 黒い森の伝承集はすぐに見付かった。以前来た時ディーターが出しっ放しにしたのだろう。占星術や錬金術の本などと一緒に机に積まれてしまっていた。不意にディーターの顔が浮かんだが、思いを振り払うようにジムゾンは二三度大きく頭を横に振った。それから小さく溜息をつき、本を広げた。

 むかしむかし、黒い森がまだそうよばれる前のころ、森の中にはまあるい広場がありました――

 そんな一文で始まった伝承は幾つもの章に分かれ、人狼の成り立ちについてが記されてあった。何故生み出されたのか、何故そんな特性が与えられたのか。肝心の部分はさすがに説明されていなかったが、中には実際の宴での例まで記述されている章もあった。そういえば村に居た頃、モーリッツは実例を幾つか載せた本を持っていた。この本の例とよく似ている。もしかしたらバイエルン経由でこの伝承集の内容が流れ、口伝えで書き留められたのかもしれない。
 見る限り、取り立てて目新しい情報は無かった。有益だったのは教訓的な騙しの手口の解説くらいだろうか。また、おとぎ話じみた内容であるため文字数も少なく、随分早く読み進められた。
 あっと言う間に終盤となり、内容は賢者達が作った呪具の解説となった。裁きの輪、慈悲の刃――更にはフリーデルが持っていた、今となっては廃れた道具についても紹介されている。人狼の能力を封印する金の留め具、人間の役職が解る宝石など、見たことも無いものまでも。そんな中でふと目に付いたのは、弔いの石という名の呪具だった。

――空にかえった賢者たちは、空のいちぶをきりとりました。空のかけらは広場におちて、小さな石となりました。
「これはいい、これを私たちの墓としよう」
「おわりの日がきまったら、この石でもってたいらげよう」
「混乱のせかいをたいらげよう」
「血のあらそいをおわらせよう」
 広場にのこった賢者たちは、みな口々にいいました――

 ディーターが言っていた天空の破片とは、この事では無いだろうか。冗談のような話だが、伝承集に記されているとなれば話は別だ。そんな恐ろしい道具が本当にあるのかと思う反面、ニコラスかヨハネスに聞いてみたくて仕方が無かった。手に入れたいわけではないが、興味がある。仮に手に入れたとしても恐ろしい目的の為に使うわけでなし。きっと教えてくれるだろう。しかしそれには今からショッテン修道院に行かなければ。ジムゾンは急にそわそわして立ち上がった。一人で行くと言った手前今更戻ったり囁いたりするわけにもいかないし、はて、どうしたものか――

+++

 ディーターとロタールがライナー邸を再度訪問すると、丁度玄関先にライナーが戻ってきた所だった。時既に遅し、ジムゾンを王宮に送り届けてしまったのだと言う。
「別れたのは随分前でして、今までオットカルに捕まっていたのです。ジムゾンさんももう、陛下との面会は済まされているかもしれません」
 ディーターとロタールは顔を見合わせる。もう空も随分と暗くなってしまっている。雪の所為で太陽は見えないが、恐らく沈む寸前という所だろう。今から王宮に向かうのは難しいかもしれない。ジムゾンが消えてしまうわけでなし、取敢えず明日また出直そう。ディーターがそう言おうとした瞬間、背後が騒がしくなった。
「困ります、ご主人様に許可を頂いていないのにお通しするわけには」
「何だと!書記官の私に逆らう気か!」
 聞いた事のある声だった。ディーターとロタールは後ろの門を振り返る。すると
「ライナー!」
 門番が塞き止めている馬車から一人の男が飛び降りてきた。長い金髪のその男は、紛れも無くリヒャルトだった。降りしきる雪をものともせず、猛然とこちらへ歩み寄って来る。
「神父は、ジムゾンはどうした!」
 リヒャルトはそのままずかずかと邸内に入って行った。奥から驚いたクララの声が聞こえる。ライナーは慌ててリヒャルトの後を追った。
「王宮にお送りしたよ。陛下からのお呼び出しで――」
 するとリヒャルトは突然足を止めて振り返った。
「その王宮から消えたんだ!」

 全員が驚いてリヒャルトに目を向けた。張り詰めた空気の中、ライナーが口を開く。
「そんな。宮廷図書館でお待たせして、それから」
「呼びに行った時には蛻の殻だったそうだ。ジムゾンが呼び出されて来ていると聞いて行ってみればこのありさまだ。最後に会ったのはお前と侍従だと言うし。まさかどこかに監禁しているんじゃないだろうな」
「お前が言うな」
 ディーターは思わず背後から突っ込んだ。リヒャルトは漸く、ディーターとロタールの存在に気付いたようだった。
「神父が居なくなった?」
 ロタールは鋭い視線をリヒャルトに向ける。リヒャルトは取り繕うかのように慌てて言った。
「今度は私ではありませんよ。大体、もし私が犯人だとしたらわざわざ申告しに来るような馬鹿はしないでしょう」
「どうだかな」
 ディーターはフンと顔を背けて言い捨てた。
『人狼のお前に言われても説得力ねえ』
『お前だって人狼だろうが!』
『だから言ってんだ。自分が工作しといてわざわざ自分でばらして目を逸らす。血の宴の常套手段じゃねえか』
『知るか!私はな、自慢じゃないが今まで一度たりと宴に巻き込まれた事が無いんだぞ』
 そんなもん自慢になるか。とディーターは内心突っ込んだ。ロタールもライナーも疑わしげな視線をリヒャルトに向けるばかりである。
「今から王宮へ行くにしてもな……」
 ロタールは腕を組んで考え込む。如何にロタールとはいえ、非常識な時間に訪問できるほどウィーンに顔が利くわけではない。するとライナーが名乗りをあげた。
「王宮へは私が行きましょう。図書館で手がかりくらいは探せるかもしれない」
「私も行くぞ。証拠を隠滅されても困る」
 リヒャルトの一言にカチンと来たのか、ライナーが言い返した。
「一度攫ってる君に言われたくないな。あんな寒気のする手紙をジムゾンさんによこしておいて。何をするか解ったもんじゃない」
「失敬な!幾ら私でも陛下への謁見が予定されていたと知っていたら誘拐なんぞするか」
 口論しながら王宮に向かう二人の後姿を、ディーターは呆然と見詰める他なかった。
「神父様、どうかされたんですか?」
 突然後ろから声がかけられた。二人が振り返って見ると不安げな表情を浮かべたクララの姿があった。
「聞いての通りだ。ジムゾンが行方不明なんだとよ」
 ディーターは肩を竦める。
「囁きで聞かれてみてはいかがでしょう」
「さっきからしてるんだが返事が無い」
 溜息混じりのディーターの返答に、クララも嘆息してしまう。
「夜が明けないとこちらは何も手の打ちようが無いな」
「ニコラスに相談してみるか。闇雲に市内を探し回っても仕方ねえし。ウィーンじゃジムゾンの匂いを嗅ぎ分けるのも難しい」
 ロタールとディーターは、一先ず修道院へ戻ろうと踵を返した。すると
「待ってください!私も」
 クララが慌てて玄関の階段を駆け下りてきた。
「夜なら占いができます。占いは正体だけでなく居場所も大体解ります。神父様は一度占っていますから、必要な材料も覚えています。少しお時間は頂きますが、何かの手がかりにはなるかも……」

+++

 見事なまでに真っ暗な部屋だった。窓もない、扉の隙間から漏れる明かりの一つも無い。一度ならず二度までも。どうしてこう上手く攫われてしまうのか。ジムゾンは部屋の中で膝を抱え、自分の力無さを嘆いた。
 修道院に戻ろうとしてうろうろしていた時の事だった。さっきの侍従にわけを話そうと図書館を出たところで、何者かに襲われた。血の匂いはしなかった。しかし手馴れた風に口を塞がれ、後は何も覚えていない。そうして気付いた時にはこの部屋に転がされていた。
 プラハ城の時のような牢ではない。古びた絨毯の敷かれた部屋には小さな机と椅子が置かれ、どこかの家の一室のように思えた。他にはぎっしりと本の詰まった本棚があり、棚に収まりきれなかった本が机や床に堆く積まれている。物置か何かかと思ったのだが、埃は無く、机の上にも書きかけの書類が散乱している。どうやら割と頻繁に使われている部屋のようだ。また、住人が絵画好きなのか、部屋の四方の壁には小さな絵が飾られている。それ以外に手がかりは無く、部屋の外には全く人の気配が無い。人狼の目は気配を感知するだけなので、ここがどういった場所なのか皆目見当がつかなかった。
 そして今回は雑のうが取り上げられていた。中には幾らかの手紙と日用品、それに数冊の本と聖書しか入っていない。もし金目の物目当てだとしたら王宮の他の裕福そうな人間を狙えば良い話だ。第一、王宮に忍び込める盗人なら最初から王宮の宝物庫でも狙うだろう。リヒャルトみたいな男色者が攫ったのか、或いは自分が王宮に居ては困る人間の犯行か。誰が何の為に自分を攫ったのか。今回ばかりは何一つ解らなかった。
 宮廷図書館に居た時に何度かディーターの囁きが聞こえていた。しかし、もう王宮に入るのだからと一切答えはしなかった。また癇癪を起こしたと思って、見捨てて行ってくれればいい。ディーターの為にはその方がきっと良いのだ。しかしこんな目に遭ってしまった今は助けを求めたくて仕方が無かった。
 そこまで考えて、ジムゾンは目を見開いた。そうだ、今回は自分が人狼である事を隠す必要は無い。しかもこの家には人気が無い。変化して抜け出せば良いだけの話である。ジムゾンはほとほと自分の不明さに呆れ、兎も角逃げようと変化した。
「え?」
 ジムゾンは思わず頓狂な声をあげた。尻尾が出てくる気配も、それ以前に毛が生えてくる気配すら無かった。焦って何度も変化を試みるが、全くの徒労に終わった。以前ディーターが変化できなくなった時は薬を盛られたと言っていた。仮に気絶している間に何か飲まされたのだとしても、ジムゾンが人狼だと知っての事になる。
『ディーター!』
 ジムゾンは堪りかねてとうとうディーターに囁いた。何度も呼びかけてみるが、返事は無い。
『無視してたから怒ったんですか?ねえ』
 みっともなく囁きながらジムゾンはふと嫌な予感に襲われた。囁きの絞りを解いてみてもどの人狼の囁きも聞こえない。囁きが届く範囲内に人狼が居ないだけかもしれないが、もしかして、囁きも通じなくなっているのでは無いだろうか。 ジムゾンの脳裏には、つい先刻読んだばかりの伝承集にあった道具の名前が浮かんでいた。廃れてしまった道具の一つで、フィビュラと呼ばれる金の留め具である。普段はただの装飾品に過ぎないのだが、四つを集めて部屋の四方の壁につけておくと人狼の襲撃を防ぐらしい。もしそれがこの部屋に取り付けられているとしたなら、襲撃に必要な変化と囁きは無力化されてしまうだろう。
 ジムゾンはもう一度室内を見回し、壁に飾られている絵を思い出した。もしかしたら、この裏に?逸る気持ちを抑えながら立ち上がって絵に手をかけた瞬間、闇に真っ赤な炎が踊った。
「わっ!」
 炎はすぐに消え、絵を入れた額はガタガタ音を立てながら元の位置で止まった。一瞬だけだったが、額の裏側に何か光る物が見えた。恐らく、人狼除けのフィビュラだろう。人狼が外す事のできないように、トルクと同じ効果があるのかもしれない。自分を人狼と知っての事か、或いは犯人がフィビュラの守りを必要としている人間なのか。何れにせよ今回の誘拐は人狼の手によるものではない。ジムゾンは情けなく顔を歪めたまま溜息をつき、間一髪で火傷を免れた手をさすった。
 犯人が人狼で無いとなればリヒャルトは容疑者から外れる。せめて何か犯人に繋がる手がかりは無いかと、ジムゾンは徐に机の書類を手に取った。刹那、背後で扉の開く音がした。


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