【人狼の宴・第七話】
再び静まり返った場内でトーマスとニコラスは立ち上がってお互いに向き合っていた。 「昨日の人狼の襲撃はヤコブではありません。それは実際襲撃しようとしたあなたが一番よくご存知なのでは?…大体、仮にヤコブが真だったとしても、片方を喰ってしまった以上残りも襲撃するなんて考えられませんね。」 ニコラスはふっと笑ってジムゾンを見た。 「引っかけは成功でしたね、神父さん。」 ジムゾンはすましたような笑みを浮かべた。 「さて、何のことでしょう。」 「あなたがそんな初歩的なをご存知ないとは思えません。ヤコブを守っていないと知りながら試しましたね?」 ジムゾンは笑ったままで答えなかった。 「まさかお前がな。」 トーマスは表情を崩さないままでそう漏らした。 「私も少し意外でしたけどね。当初の仮説ではあなただろうと思っていました。」 ヴァルターは目の前で繰り広げられる二人の応酬を、どこかついていけないままで聞くとも無く聞いていた。やがてジムゾンが席に戻り、ヴァルターは思わず身を乗り出してジムゾンに囁いた。 「どういうことだ?君は結局、トーマスを?!」 「私はトーマスを助けるだなんて言っていませんよ。」 ジムゾンは視線を向けもせずそっけない言葉を返す。 「ではヴァルターはこの局面でトーマスを信じられますか?」 ヴァルターは返す言葉に詰まった。かたや怪しさの絶頂にあった者、かたや何の疑念も浮かばなかった者。もしニコラスが偽だとするのなら、ここは騙らないで大人しく狩人を特定させて始末した方が得策だ。騙る意味が無い。 「トーマスが…。」 ヴァルターは思わず顔を両手で覆った。しかしこれだけの証拠が突きつけられていても、トーマスが人狼だとは思いたくなかった。トーマスは無口で、一見すると真意が量り難い。けれど誠実なだけがとりえのような男で決して人を騙すような人間ではない。それは、レジーナと自分が誰よりも良く知っている。 「…それでもまだ。信じたいものだよ。」 力無く呟いた言葉は、心からの祈りでもあった。 「決まったの。ジムゾン。」 モーリッツの一言が皆の騒ぎとトーマスとニコラスの言い争いを止めた。問い返すようなジムゾンの表情を見てモーリッツは更に続ける。 「残る人狼はトーマスじゃ。…だが少し残念じゃったな。これほど上手く疑惑から逃れてきたトーマスが、お前さんが守られていたとも知らずに間の抜けた騙りをの。」 ジムゾンはにっこり笑う。そうして何時ものように立ち上がり、皆が固唾を飲んで待つ中、決定を発表した。 「今日の処刑はモーリッツさんです。」 「なっ…。…なんじゃと?!」 思わずモーリッツは立ち上がった。 「トーマスは襲撃先を間違えたのじゃぞ!その事実がありながら何故わしを?!」 いきまくモーリッツや不安げなその他の村人達をさておいて。つい先ほどまで言い合いをしていたトーマスとニコラスはお互いにフッと笑った。 「ああそうだ。昨日の襲撃はジムゾンだったな。」 「当たっていて何よりでした。」 二人の言葉の意味が理解できない。混乱のままにヴァルターがジムゾンを見ると、ジムゾンも同じように笑っていた。 「ニコラスは“ヤコブではない”と言いましたが、真の襲撃先は言いませんでした。…よく、襲撃先が私だったとお解りになりましたね?モーリッツさん。」 ジムゾンが向けた微笑を前にモーリッツは何も返す事ができなかった。 「ジムゾンが妙な事を言い出したから、これは引っ掛けだろうと思ってな。どうせ生き残りの人狼は騙るまいと踏んでいたし、人狼ならば虚偽の条件で名乗り出はしまい。俺が後々撤回する事の障害にはならん。だから敢えて名乗り出てみたまでだ。」 「神父さんはきっとそこでモーリッツさんからの自白が欲しかったのでしょう。ですがいまいちお膳立てが足りない風でしたので、一芝居うってみました。」 村人達も、そしてヴァルターも。ただただ呆気に取られていた。賭けに出たジムゾンと、それに応えたトーマス。そして二人のやり取りを芝居と読んで、待ち望んでいた言葉をモーリッツから引き出したニコラス。奇蹟とも言える完璧な連携プレイだった。 「目には目を。歯には歯を。演技には演技を、です。」 ジムゾンらがモーリッツを連れて出て行き、残った者達は皆一様に安堵した様子でそれぞれの部屋に戻っていった。ヴァルターは一階に一人残って帰りを待つことにした。 「寝ないの?村長さん。」 声の主はリーザだった。降りてきたリーザはヴァルターを横目に見ながらカウンターに向かった。 「少し話したい事があってね。」 「コーヒー要る?」 ヴァルターはリーザが掲げたガラスのポットを暫し見つめた。ジムゾンの部屋で眠ってしまった時の事がふっと思い出された。 「いや…気分転換に紅茶でも飲もうかな。」 苦笑しながら立ち上がり、リーザと同様にカウンターへ向かった。 「睡眠薬盛られてたもんね。」 コーヒーをつぎながらリーザが笑う。 「でももう誰もそんな事する人居ないよ。」 「トラウマというやつだろうね。…ピーチガーデン…ホルシュタイナーグルッツェ…なんだ。匂い付きの物しか無いな。」 戸棚には桃だのカシスだののフレーバーティーしか無い。ヴァルターは諦めてコーヒーを飲むことにした。 コーヒーを注ぎ終わると、二人は暖炉前のソファに隣り合って座った。 「明日はイブだよね。」 リーザはぼんやりと宙を見つめて呟いた。 「散々なクリスマス休暇だった。」 ヴァルターもため息を一つついて宙を見つめた。 「ペーターが居なくなったの。まだ全然実感できない…。」 「そうだな。」 処刑を見ていない分、実は処刑されずにどこかに監禁されているだけではないかという期待はある。が、ヴァルターは敢えて口にはしなかった。言葉で発してしまえば余計期待してしまう分だけ甘い夢が覚めた時に空しくなってしまうだろう。 「ねえ村長さん。“汝は人狼なりや”っていうゲーム知ってる?」 唐突にリーザが体ごとこちらを向いて問いかけてきた。 「ゲームは全くわからないな。ニンテンドーかね?」 「ううん。カードのゲームなの。それで遊んでる子が寮に居てね。難しそうだからあたしはした事無いんだけど。…それがね、何人か集まって、人狼を見つけるっていうゲームなのよ。」 リーザによると人狼のおとぎ話をベースにしたゲームだそうで、この状況と全く似たような状況で推理をしたり、騙したりするゲームだという事だった。 「ふっと思い出したの。それで…。…ゲームみたいに、死んだっていうのは、嘘だったらいいなって。」 そこまで言ってリーザは言葉を切った。ヴァルターも何も言わなかった。部屋には時計の針の音だけが規則的に響いた。 「神父さん、明日ミサできるのかな。」 そういうリーザの目と鼻の頭は少し赤くなっていた。 「今年の聖誕祭ミサはブルーシートがかかったままの教会で、か。」 ヴァルターは思わず苦笑した。明日大急ぎで準備をする。普段ならそれで良かろうが、教会は現在改修工事中だ。ジムゾンの事だ。景観が悪いだのと言い出して青空ミサでもやるかもしれない。 「何にしても、これで解放される…。」 カップをテーブルに置いてソファに身を沈める。今日で終わるのだ。三人とも自白したような状態だったから、間違いだという事はほぼ無いと見ていいだろう。挙動不審なオットーや、ニコラスの慣れた雰囲気など、良く判らない部分は残ってはいるが恐らくは素でそういう態度になったのだろう。ニコラスは、案外先程リーザが言ったゲームを知っていて遊んだ事があるのかもしれない。 そういえば明日娘達が来るとは聞いたが、何時かは聞かなかった。深夜とはいえどうせまだ起きているだろう。何気なく携帯電話を取り出したが、未だ圏外のままだった。 別に急いて連絡しなければならない事でもない。携帯をしまっているとリーザが眠っている事に気がついた。よほど疲れていたのだろう。 もう抱えあげるような体力も無く、ヴァルターは近場にあった仮眠用の毛布を着せ掛けた。普段そんなに意識した事は無かったが、こうしてじっくり見ると幼い頃のレジーナによく似ている。 まだ帰ってこないのかと時計を見やった瞬間、視界が歪んだ。体がぐらつき、ヴァルターは思わず向かいのソファに倒れこむ。ジムゾンの部屋で意識を失った時に感覚がよく似ていた。 「まさか…。」 コーヒーを入れたマグカップがぼやけた目に映った。また睡眠薬が入っていたのだろうか。リーザが眠ってしまったのもその為か。しかし、だとしたら誰が、何の為に今頃? 強烈な眠気に必死で抗うが、意識はどんどん霞んでいく。薄れ行く意識の中で聞きなれた声が自分を呼んでいる事だけが解った。 +++ まぶしい光を感じてヴァルターは目を開けた。視界に入るのは宿屋一階の天井と、開け放たれた窓から見える青空だった。体を起こしてあれこれ見回してみるが、別段異常は無い。 「おやヴァルター。おはよう。」 体を少し動かしているとカウンターの奥からレジーナが出てきた。 「また睡眠薬入りのを飲んだんだってねえ。」 「どうやら私をコーヒー嫌いにさせたい者が居るらしいな。」 と、ヴァルターは苦笑しながら立ち上がる。 「今日は。まさか犠牲者は居ないだろうな。」 「居ないよ。もう終わったのさ。」 「そうか。」 嬉しく思いつつ、内心寂しい気持ちもあった。ペーターとパメラとモーリッツ。なんでもないように見えた彼らが、まさか恐ろしい犯罪者だったとは。まだ色々と話したい事もあった。久々の村で漸く生活にも慣れ始めていたというのに。 そういえば、この数日で随分と村人との関わり方が変わった。特にジムゾンが顕著だったように思う。 二十数年留守にして、戻ってきた自分には村長という肩書きがついた。皆とは恙無くやっている。けれど、誰かと深く親しくするという事は無かった。村長という立場もあってか皆どこか遠慮した風だったし、ヴァルター自身もまた始終仕事での姿が抜けなかった。親友のトーマスにだって、時間が合わないという理由であの日レジーナの宿屋で偶然会うまでは会いもしなかったのだから。 不意に、いつかゲルトが言っていた言葉が思い出された。村長だって村人だよねえ、と。 村の一員として対等な立場で理解してくれた事が嬉しかった。皆がどこか線をひいているのは寂しいながらも仕方ないと思っていただけに。言葉で、頭で理解できていても難しかった。ゲルトの一言には随分と救われたが、関係の改善にまでは至らなかった。 それが昨日までの騒ぎの中で纏め役をジムゾンに取って代わられ、ただの村人となった。しかも村人というだけならまだいい。人狼ではないかという容疑をかけられる村人にだ。まったく落ち着かない。そして血生臭い日々ではあったが、そのお陰で漸く村長という立場を忘れられた。 「皆は。」 「一旦家に帰ったよ。…そうそう、ジムゾンがあんたに用事だって言ってたから。朝ごはん食べたら教会にね。」 「用事?」 この上何の用事があるというのか。いまいち解らなかったが、昨日話しそびれた事もある。ヴァルターは早々に朝食を済ませると教会へ向かった。 高い空に舞う鳥の歌声が響く中、ヴァルターは呆然と教会を見上げていた。教会にかかっていたブルーシートは全て取り外され、白い外壁がさらされていた。 「どういうことだ…?」 扉は年期の入った外壁とは明らかに異質な新しいものだ。それだけは修理されていた事が解る。だが、他の部分は全くの無傷だった。 「ヴァルター。何やってんだい。」 後ろから声をかけてきたのはレジーナだった。 「君もジムゾンに?」 驚いて振り返るが、すぐにレジーナから背中を押された。 「そうさ。さあ早く早く。つかえてるんだ。」 レジーナに急かされるままに扉を開く。重い扉を開いた先に待っていたのは、更に信じがたい光景だった。 「Willkommen wieder daheim!Walther!」 (お帰りなさい!ヴァルター!) 祭壇の上に手製と思しき横断幕が渡され、その言葉を準える大きな声が響いた。それは大きな声だった。礼拝堂の反響作用があることもさながら、祭壇前に並んだ村人全員が一斉に言ったのだから。 そう、村人全員が。 「お疲れ様でした、ヴァルター。」 合唱団の指揮者よろしく真ん中で合図をしていたジムゾンが振り返る。ヴァルターは軽い眩暈を感じて近くの椅子の背に体をもたせた。 「だっ、大丈夫かい。」 レジーナが慌てて後ろから支え、村人達も駆け寄ってきた。 「ごめんね、ヴァルターさん。びっくりしたよね。」 申し訳無さそうに声をかけてきたのは、惨殺体で見付かったはずのゲルトだった。 「…亡霊じゃあるまいな?まさか、私が既に死んでるのか?」 「ちゃんと生きてるよー。」 横合いからペーターがひょこっと顔を出す。もうヴァルターには何が何だか解らなかった。 「あなたの歓迎会を、どうしようかって話になってですね。」 さすがのジムゾンも少しおろおろしている。 「ペーターが人狼のネタを持ってきて、それが採用されましてね。」 「リーザは人狼ゲームを知ってたみたいだけどね。僕がネタにしたのはそれじゃなくて、“人狼BBS”っていうネットのゲームなんだよ。」 「人狼…?ネット…?」 「うん。日本のゲームでさ。まだあんまり日本語解らないから遊べないんだけど。登場人物とか、この村の構成まるっとそのままなんだよね。それで思いついて。村長さんも今度見てみるといいよ。びっくりするから。」 「よくは解らねえが、手っ取り早く団欒できそうだったしよ。」 「あれは団欒とは言わんだろう。」 的外れなディーターの言葉に思わず突っ込む。 「設定を固めようとシュトゥットガルトの図書館に調べに行ってましてね。…いやマインツよりあちらに用事が多いので。そこでニコラスと知り合ったんです。」 「面白そうでしたし、こちらの村も一度観光したいと思っていたので少しばかり設定から参加させてもらいました。」 ニコラスが差し出したのはかなり使い込まれたコピー冊子だった。表題には『歓迎会次第』と書かれてある。中は演劇の脚本のようにキャストから始まり、設定や注意事項などが記されてあった。 「俺はついこないだまでNATO軍に所属しててね。公の権威みたいなのはそこでいいかなと。」 と、アルビンが笑う。 「アルビンには世話になりました。なにしろヴァルターは中央省庁にお勤めでしたからね。明るくない分野の公機関をバックにすえると見抜かれてしまいそうで…。 演技指導はパメラに頼みました。トーマスの娘さんが本職で本当に助かりました。」 「あたしだけじゃないわ。ペーターも卵だもんね。演劇学校で。」 結構上手だったわよと誉められてペーターはまんざらでもない様子だった。 「ああ、腹痛の演技は本当に素晴らしかった。」 ヴァルターは苦笑いしながら、気が抜けて椅子に座り込んだ。 「ごめんねえ、足引っ張って。」 オットーが申し訳無さそうに言った。挙動不審だったのは、演技の下手さからだったのだろう。 「仕方ないわよ。…ああそうそう。あたしとトーマスの話を聞いてたそうだけど。…あれも実は急遽役職変更をしなきゃいけなかったからなのよね。…ねー、カタリナ。」 意地悪い笑顔を向けられてカタリナはぷんとすねた素振りを見せた。が、すぐにお互い笑みが漏れる。 「本当はカタリナを狩人にする予定だったの。だけどあんなにボロボロの演技じゃちょっとねえ。…ってことでトーマスに頼んだわけ。」 「お前に見られていたと知った時は慌てたよ。」 「じゃああの棺がどうとかはアドリブか?」 トーマスは頷いた。 「とりあえず言ってみた。まさか信じてもらえるとは思わなかったが。」 「シナリオは大筋ではありますが、細かくは設定しませんでしたからね。なにせ、ヴァルターとリーザがどういう行動に出るかわかりませんから。臨機応変に。その都度妨害電波を切って連絡しました。」 「リーザも知らなかったのか?」 「テスト期間中だったからって、仲間はずれにされたあ。」 そう言ってリーザがぷうとふくれる。 「…しかしあの遺体は?欠損していたのはどうやっていたんだ?」 「それは俺の腕の見せ所って奴だ。」 ディーターが得意げに言う。 「そうそう、ディーターと僕と、なんたってレジーナだよね。レジーナは宿屋継ぐ前特殊メイクの仕事してたんだよ。で、働いてた場所は違うけどディーターは映画の美術担当だった。僕も学生時代演劇部の美術やってたから、少しばかり手伝ってさ。」 「俺はゲルトと違って我流だけどな。じっくり見てねえだろうから後で見ろよー。かなりリアルにゲルト人形作ったんだからな。血はまあ…ヤコブんちの鶏を。」 「一番肥ってたのを選んだんだよ。皆のお腹に入るんだからね。」 あはは、とヤコブが笑ってみせる。言われてみれば鶏肉や豚肉の料理が多かったような気がする。 「あとそれらしい匂いはカタリナに調合して貰いました。アルビンのアドバイスを聞いてですね。後はヨアヒムに適当に誤魔化して貰って。いやあ、ヨアヒムがちょっと怪しくなった時は焦りました。早めに退場されたら死の偽装に困りそうで。」 「頼りなくてすみません。」 「いえいえ、結果的に白くなったので良かったですよ。」 「そうか…教会の修繕云々は全て、この為か。」 ヴァルターはため息一つついて礼拝堂を改めて見回した。ブルーシートで覆われていた部分は全て、綺麗に聖誕祭用の飾りつけがされていた。 「ええ。歓迎会の話し合いも。ですからディーターが“手伝ってないのは〜”なんて言った時はヒヤヒヤしました。 大体ねディーターときたら、二人きりになっただのとあなたに嫉妬はするし。」 「…あれは本気だったのかね。」 因縁をつけてきた時や、“処刑してやる”と言ったあの時の様子はたしかに演技というにはできすぎた物だった気もする。ヴァルターも呆れた表情でディーターを見た。 「だからその次の日教会に残ったんです。拗ねてる愚息をよしよししてあげないとですね。…あ。死んだことにした人は皆教会に居ましたので。」 「…。」 と、なると。その上更に再会を心待ちにしていたディーターからその機会を奪ったというわけだ。物陰からこっそり見ながら『あ、今触った』などと言って嫉妬の炎を燃やしているディーターの姿が容易に想像されて背筋に悪寒が走った。 「写真は当然の如く加工です。これはゲルトに頼みました。それから出向の職員さん達はモーリッツさんから説明して貰いました。ちなみに実際に封鎖はしてません。郵便とか困りますからね。」 「楽しんで頂けましたか?」 ひとしきり説明が終わって、ジムゾンが問いかける。皆もヴァルターの反応を不安混じりに待っていた。 「ああ。」 ヴァルターは短く言って目を閉じた。状況的には最悪だった。この中に殺人鬼がいる。よく見知った村の仲間の中に、だ。 誰かを断罪し、処刑しなければならない。何時喰われるか。何時吊られるか。殆ど気がやすまる事は無かった。騙されるというのもあまり気持ちの良い事じゃない。 それでも、不思議と楽しい四日間だった。 「とても楽しかった。」 その瞬間、わあっと歓声があがった。一月あまりの努力が報われて全員が喜びあった。 「有難う。」 皆がこれだけ頑張って、準備をしていてくれた。その事実だけでも有難いことで、何より嬉しい事だった。ヴァルターは、村に戻ってきて本当に良かったと心から思った。 本当の意味での歓迎会が終わる頃に、丁度娘とその新しい家族達が村を訪れた。皆三々五々に帰宅していく中、ヴァルターは娘達と共に帰り支度を始めた。 「ところでジムゾン。何時がいい?」 娘達の乗ってきた車に向かう途中でヴァルターが振り返った。 「は?何がですか?」 教会の前でそれを見送っていたジムゾンはきょとんとした表情でヴァルターを見た。 「動物園だよ。約束した。」 ジムゾンは暫く考えて漸く思い出したようだった。その隣でディーターが何のことだとしきりにジムゾンに問うている。 「私が行きたいのはベルリン動物園ですけど?」 「構わんよ。」 「じゃあ、来月に。中旬あたりでしたら何時でも大丈夫です。」 「解った。また連絡する。」 ヴァルターは手を振って踵を返した。 「ちょ。待てよ!ベルリン?んな遠い所に二人で?!そんな話聞いてねえぞ!」 予想通り、ディーターが後ろで喚いた。そんなディーターを一瞥してヴァルターはフッと笑う。 「そりゃあ。大人の約束だからなあ、ジムゾン。」 「大人の約束ですよねえ、ヴァルター。」 インゲン豆を食えの食わないのの話で大人も何もあったものじゃない。真意を隠しつつ二人は意地悪く笑い、偶々通りかかったトーマスは暴れ出しそうなディーターを押し止めるのだった。 宴の終わりに |