【青の楽園 第六話】

「なんて事を…。」
ジムゾンは頭を抱えた。
「お母さんを惨殺されたリーザや、その友達のペーターが言うのなら解ります。けれど何故、ディーターが?…しかも容疑者のうちのレジーナは姉のように思っていた人なのに!」
顔を上げたジムゾンの泣きそうな表情にヴァルターは一瞬ウッと言葉に詰まった。
「まあ待てジムゾン。落ち着け。村長に言ったってしょうがない。」
横からオットーが宥め、ジムゾンはすんでのところで涙を引っ込めた。
「ディーターの言う事も解らん事では無いからのう…。」
モーリッツは渋い顔で続ける。
「わしゃあ昔何度か今回の黒幕とされておるような確信犯的な人間を調べた事がある。誰もがな、表面上は全く問題が無いんじゃよ。 しかし驚くほど平気で嘘をつく。完全に事が露見した後も反省など絶対にせん。全員が今は冷たい墓の下じゃから、更生できる物なのかどうかは証明できんが、ありゃあ…更生なんぞ絶対にせんじゃろうと思ったよ。
じゃからな、あんなに泣いて悲しんでいたレジーナがニコラスを殺した犯人じゃと言われても、証拠が揃っておる以上は別に違和感は無いんじゃ。」
「そんな…。」
信じられない、といった風のジムゾンを見ながらモーリッツは聊か決まり悪そうな表情を浮かべた。
「カンはそれなりに必要じゃが感情は重視しちゃいかん。ディーターはそこの所をよく解っとるじゃろうからの。…まあ、勿論冷たいと言えば冷たいんじゃが。」

「あ…。そうだ。」
ふと呟いてジムゾンはあらためてモーリッツに向き直る。
「カタリナさんが亡くなった直接の原因は首を絞めた事による窒息ですよね?」
「十中八九そうじゃな。」
「さっきパメラが話していた事なんですが、アルビンさんが若し犯人だとすると、宝石を持っている事を知られて逆上して殺したんじゃないかって。」
「そう…かもしれんのう。何しろ会っている所はオットーに見られたのじゃし。最初から計画してたのならお粗末じゃよな。」
「そんな咄嗟の時に、紐みたいな物で絞めると思いますか?」
モーリッツは返答しあぐね、オットーもヴァルターも思わず考え込んだ。
「パメラは勘違いしていて“持っていた宝石で殴り殺した”って言ってたのですが、殴られたのは殺害された後なんですよね?でも普通、咄嗟にとなるとそうするんじゃないかって思うんです。それに、もし首を絞めるにしても手でするんじゃないかと…。」
「近くに紐みたいなものが、たまたまあったんじゃないかなあ。」
「それともう一つ、おかしな事があるんです。…殺害後、カタリナさんの顔を潰す事が目的だったのなら、どうしてもっといい道具を使わなかったんでしょう。」

アルビンの荷物の事を思い出してヴァルターは目を見開いた。そうだ。もっと効率の良い道具は幾らでもあったのだ。真鍮の香炉、そしてガラスの水差しなど。どれも宝石などより余程破壊能力が高く、人間を殴った所で壊れそうにも無い代物だ。
「それは確かにおかしな事だぞ。」
ヴァルターは立ち上がり、うろうろとテーブルの周りを歩き始める。
「香炉なんぞより宝石の方が価値あるものだ。わざわざ宝石を使ういわれが無い。殺害後に殴ったのだから、道具を選ぶ時間は幾らでもあった。
その結社だか何だか知らんが人狼の儀式的な物だと仮定するにしても、香炉や水差しに隠していたのだから宝石を隠蔽する。つまり最初から表に出すつもりが無かったと推測されるからその線は消える。
ふむ!これはおかしいな。」
「こりゃ真犯人は別にいるぞ。」
オットーも慌てて立ち上がる。時計を見るともう12時を回っていた。
「俺アルビンからもう少し詳しい話聞いてくるわ。」
オットーが地下室に向かい、ヴァルターはまだ落ち着かない様子だったが席へ戻った。
「何か思い浮かびそうなんだ。何か…。私も年かな。」
自嘲気味に笑いながらヴァルターは頭をかく。モーリッツは押し黙り懐から取り出したメモに鉛筆で走り書きをしている。やがて何かに行き着いてか顔を上げた。
「紐状の物、そして宝石。問題はそれらが使われたという事実と、必要性じゃ。」

モーリッツが謎めいた言葉を口にしたと同時に階段の上が騒がしくなった。三人が階段を見上げると、険しい顔をしたディーターがおりてきていた。右手には枕と鉛筆が握られ、左手でがっちりと腕を掴まれたリーザも一緒だった。ディーターの後ろには呆然としているペーターが続き、何事かと見に来た風のパメラやヨアヒムも居た。リーザは何故か、へらへらと笑っている。
階段をおりつくとディーターはリーザを前に突き出した。
「見つけたぜ。真犯人。」

「だってお母さん、リーザの事皆に言おうとしたのよ。」
後ろ手に椅子に固定して縛られたまま、リーザは両方の足をぶらぶらさせる。一階に集まった村人は皆、信じられないと言った面持ちでリーザを見つめていた。
「あのきらきらした石が欲しかったの。レジーナおばちゃんにゲルト兄ちゃんはしょぶんするって言われたの。強盗に見せるんだって言うから、リーザがあの石を全部貰ったのよ。
リーザはただ貰っただけなのに、お母さんはあの暗い所に閉じ込めようとした。待って、って、手を伸ばしても届かなかったから腰の紐で引きとめたの。そしたらお母さん倒れちゃって、凄い顔をしてたから、きれいなあの石で叩いたら、元に戻るかなって思ったの。
でももっと酷くなっちゃったから、お母さんお返事もしなかったから、ししゃのぎしきをしてあげたのね。カラになった物は置いておくとよくないから、窓から落としたの。
リーザ悪く無いよ。悪いのは、おしおきしようとしたお母さんなの。」
思わず手を振り上げたトーマスの腕にジムゾンが縋りついた。同様に、たまりかねた様子のオットーをヨアヒムが必死に引き止めていた。
「そういう人間だ。」
ディーターは吐き捨てるように呟いて煙草に火をつけた。
「こんな子どもが…。」
ヴァルターはそれきり言葉を失い、腕の中のペーターと同じく呆然とする他無かった。

「凶器が紐だって言っただろ。だから真っ先にリーザとモーリッツの服の腰紐が思いついたんだ。」
リーザを地下室へ移動させて代わりにアルビンを解放した後、ディーターは何本目かの煙草を吸いながら説明を始めた。
「どっちかなと思ってた所にアルビンの話が出た。それで考え纏めてる最中にアルビンは地下室行きになったんだが、整理してたらリーザに間違い無いだろうと思った。だからリーザの動向を監視していた。」
「なんでリーザだって思ったの?」
肝心の部分を端折られてヨアヒムが突っ込む。
「朝、アルビンを呼んだ事だ。」
ディーターの短い答えにヨアヒムは更に複雑な表情を浮かべて他の者を見回した。
「アルビンに罪をなすりつけるためか。」
オットーの声にディーターは無言で頷いた。それでもよく解らない、という風のヨアヒムにオットーが解説を代わる。
「つまり、リーザは昨日ずっと起きててアルビンと俺がカタリナに会った事を知ってんだよ。で、最初からなのか見られたからなのかは知らないがカタリナを殺した。
さてそうなると困るのは死体の処理だ。下に投げ落とすのが最良だが場所が割れる。仲間がもう居ないか、何らかの事情があって一人で処理しなければならなかった。そこで、最後に会った隣の部屋のアルビンに罪をなすりつける事にしたわけだ。」

「あ!」
アルビンが声をあげた。
「そ、そういえば…リーザちゃん私を呼んだ後暫く下りてきませんでした…!」
「“三階を探すからアルビンは二階探して”とか何とか言ったんだろ。」
ディーターに言われてアルビンはこくこくと頷いた。その様子を見てディーターは深い溜息をつく。
「なんでそれをもっと早く言わねえんだ。」
「だだだだって、気が動転してて…。」
「ま、その時アルビンの荷物に宝石を入れたんだろうよ。犯行に宝石を使ったのは、単に他に殴るような硬いもんが無かったからだろ。」
「しかし良かったのう…ペーター。」
モーリッツがペーターを見ると、ペーターはまだヴァルターの腕の中で震えていた。ディーターの話によると、怖いから一緒に居ていいかとやってきたリーザに危うく殺される所だったらしい。枕で窒息させようとしたが上手く行かず、ペーターが弱った所を鉛筆の先で突き殺そうとしていたのだという。証言のとおり、ペーターの寝台のシーツには鉛筆で開けられたと思しき穴が二、三あった。

「結局、何がなんだか解らないままだったね。」
あくびを噛み殺しながらヨアヒムが呟いた。
「さっきリーザが言った“ししゃのぎしき”とか。仲間の事とか。」
「リーザにもう一回聞いてこようか。」
地下室に行こうとしたパメラをモーリッツが引き止めた。
「無駄じゃよ。真実は言うまい。」
「儀式ならあの事じゃないか。」
何気なく言ったのはトーマスだった。
「知ってるの、おじさん。」
「知ってるも何も…。ゲルト・ニコラス・カタリナに共通してただろう。」
気付いたヨアヒムは思い出して満面に嫌そうな表情を浮かべた。被害者に共通していた事。それは、腹を裂かれていた事だ。
「無駄かもしれないが、明日はリーザの持ち物をもう一度調べてみるとしよう。」
「レジーナのもな。」
ヴァルターにディーターが言い添えた。
「それはどうかな。」
あまり良い返事をしなかったのはオットーだった。
「さっきリーザは“レジーナおばちゃん”って明言しただろ。…なんか、匂うな。」
「バレたから言っただけじゃねえか?」
ディーターはさらりと流すが、オットーは釈然としない様子だった。
「深く考えてもしょうがない。私が既に多少調べてるんだから今更部屋を弄られた所でレジーナも文句は言うまい。明日は二人の部屋を調べてみよう。」

皆が解散したのはもう東の空が白み始めた頃だった。普段の起床時間を過ぎて眠られなくなったジムゾンはそのまま朝食の準備を始めた。見張りの為にオットーとヨアヒムが地下室前に陣取り、ジムゾンと同様に眠られなくなったモーリッツはカウンターに腰掛けてコーヒーを啜っていた。
「しかし良かったのう…。これでディーターが捜査線上から消える。」
「…どういう事ですか?」
何気ない一言にジムゾンは調理の手を止めた。
「黙っとって悪かったんじゃがの。」
モーリッツはまだ湯気を立ち上らせているカップを静かに置いた。
「ディーターは昔、“青の会”に所属しとると噂されとったんじゃ。」

青の会。それはジムゾンでも知っている秘密結社の名だ。それにディーターが入会していた?ジムゾンは一瞬視界がゆらぐのを感じた。
「噂って…。」
「うむ。何か秘密めいた集会にちょくちょく出入りしとってな。その集会は青の会の関連を噂されておった。…なに、昔の話じゃよ。お前が神学校に行き始めた頃の。」
モーリッツは動きを止めたままのジムゾンを一瞥し、続けた。
「青の会に女人や未成年は入れん。と、いう事は今回の事件の黒幕は青の会では無いという事じゃ。よって、ディーターへの疑いも薄らぐ。」
ジムゾンはやっとの思いで椅子を引っ張ってきてモーリッツの向かいに座った。
「どうしてディーターが…?そんな事、一言も話してくれませんでした。」
「そりゃ言わんわいな。お前は神父じゃし。」
モーリッツは苦笑した。青の会は長らく教皇によって破門されている事でも有名だ。
「危険な結社では無いのですか?」
「わしゃ結社員じゃないから何とも言えん。なんじゃ、お前の方がよう知っとると思ったぞ。」
「…異端に関しての事は何も聞かされませんし、よく知らないのです。グノーシス主義なども私が勝手に調べていた事ですから…。」
教会関係者には言わないで下さいね、と言い添えてジムゾンはきまり悪そうにモーリッツを見た。純粋に高次の研究目的とはいえ、異端などを調べている事が解ったらややこしい事になる。
「まあ、教会の仕事は敵をやっつける事じゃなくて愛を説く事なのじゃからの。さもありなん。」
モーリッツは笑ってカップを再び口に運んだ。
「青の会に関しても少しかじりはしました。ですが、その関連組織はあまりにも資料に乏しくて内容までは調べられませんでした。」
「ん?資料は多いじゃろ?」
「ええ。多いんです。多いんですが、信頼の置ける資料が殆ど無いんです。乏しいとは、そういう意味なんです。」
不思議そうな顔をしたモーリッツにジムゾンは言いにくそうに返した。
「この世の悪の枢軸と見なす見方がある半面、それが濡れ衣であるという見方もある。どちらも同等で、前者を採る者は残念ながら、社会的信頼が無い。そして後者を採る者は青の会に何らかの関係がある者です。だからどちらも等しく資料にならない。
もし青の会を今回の事件を起こすような悪の結社だと仮定するのなら、二重構造の恐ろしく緻密に計算された組織であると思われます。善の結社だとするのなら、濡れ衣を着せる事で何かしらの恩恵を得る黒幕が別に居ます。それだけが解っている事で、善悪の判断は全くできません。…私個人としては、全ての元凶と見なすのは実に眉唾物の話だと思います。しかし教皇様が破門なされるからには、何かそれなりに理由があるのだとも思います。」
「入ってみらにゃ解らんという事じゃの。」
「そういうことです。」
答えの出ない結論に到達し、二人は同じように溜息をついて、笑った。何時の間にか太陽が昇り、パメラが目を擦りながら下りてきた。
「なあに?ご飯まだできてないの?」


吉報が齎されたのはその日の午後だった。昼食後、暇潰しに散歩していたヨアヒムが遠くから何事か叫ぶ声を聞いた。声のした方へ行くとそこはつり橋が落ちた崖で、対岸には数名の町の人間が居てこちらに呼びかけていた。道を寸断していた土砂が撤去されたのだ。
「幸いつり橋自体の破損が少ない。落ちた端をこちらに寄せて、あとは補修だけで済むそうだ。」
報告するヴァルターの声に久々に喜びが混じる。
「これで終わるんですね…。」
ジムゾンはほっと胸をなでおろした。
「ああ、これで思う存分パンが作れるぞ。」
そう言ってオットーは両腕を大きく回して深呼吸した。騒動が起こってからも律儀にパンは焼いていたのだが、常食の黒パンやバゲットばかりでクロワッサンや菓子パン類は殆ど焼いていなかった。なんでも、気持ちに余裕が無くて作る気になれなかったらしい。
「まだ安心するには早いと思うがな…。」
ディーターがぼそりと呟いた。
「そうだね。まだヤコブに協力者の可能性が残されてる以上は。」
「簡単よ。明日も、その次も無事だったら事件は終わってる証拠なんだから。何にも無い日が続くまで、用心してればいいのよ。」
不安げなヨアヒムの背中をパメラが思い切り叩いた。
「パメラの言うとおりだ。つり橋がかかる見通しが立っただけで、事件が終わったというわけじゃない。警戒するに越した事は無い。」
トーマスはパメラに賛同したが、やはりヴァルター同様気持ちの高まりは隠せなかった。外界との連絡の手段ができるという事は、それほどに心強い出来事だった。

「おとぎ話では、容疑をかけられたら処刑されるんだよね。」
多少まだ散らかっているゲルトの書斎でヨアヒムは本の項を繰りながら言った。本棚に収められていたそれは子供の頃から知っている人狼のおとぎ話の本だった。
「…なんだか寂しいや。」
パタンと本を閉じ、ぐるりと室内を見渡した。つい数日前に一緒に居たニコラスはもう居ない。優しいカタリナも、何時だってマイペースだったゲルトも。何の落ち度も無く、何の病にかかっていたわけでもない三人は突然に命を奪われてしまった。
「犯人が本当に、化け物だったら良かったのに。」
寂しげに呟くヨアヒムを見てジムゾンもパメラも無言で俯いた。犯人は被害者になった三人と同じように、親しい村の仲間だった。証拠はあるし、自白もしている。けれど何処か信じたく無い心は未だにあった。あんな惨い殺し方を。それもとてもつまらない理由で。

「ある意味化け物かもしんないわよ。」
そう言ってパメラはゲルトの机の上にある、ガーゴイルを模した置物を手にとった。
「あんな事を本当に、正義と信じて平気でやっちゃうならね。」
「化け物…。」
単語を準えながら、ジムゾンの脳裏にふとレジーナを捕えた日の光景が蘇る。あの時のディーターの言い方はまさに、化け物を指すかのようだった。
「ね、聖書にもそういうの出てくるんでしょ?」
パメラに話題を振られ、ジムゾンは我に返った。
「出てきますよ。有名な所では書名にもなったレヴィアタン。ベヘモト、ダゴン…。悪魔も含めるのなら、もっと沢山あります。」
「人狼って、無いよね。」
「うーん、少なくとも私は知らないです。…結社が元になったのですから、その創作なのでしょう。」
「結社ってさ、ローマ教会の異端なのよね。だったらどうして、聖書に出てくる悪魔の名前にしなかったのかしら。
前にさジムゾン、カイン派って言ったでしょ。」
「ええ。」
「カインってのは聖書から出た言葉よね。だから聖書の悪い人とか、物の名前をつけそうじゃない?」
ジムゾンは両手を腰に当てて首を捻った。そうした所で答えが出るわけでもないのだが。
「他につけようが無かったんじゃないかな。それか、何かの比喩なのかもよ。」
「比喩、ですか…。」
ヨアヒムの助言を受けてジムゾンは益々こんがらがってしまった。

その時、6時を告げる時計の鐘が鳴った。何か情報でも無いかと三度訪れたゲルトの部屋だったが、結局何の収穫も無いままに終わった。
ヨアヒムとパメラは宿屋に戻り、ジムゾンは大急ぎで教会へ向かった。時間ごとの鐘もすっかりご無沙汰になっていた。
司祭館で荷物を取るのは諦めて礼拝堂の扉を開けた。刹那ジムゾンの目に飛び込んできたのは、まるで数日前に殺されたアストラの血のように赤い文字だった。


Bibamus moriendum est !
(さあ飲もう、死は避けられない!)


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