【第一話:小さな村の教会】

 からりと晴れたある夏の朝、何時もより遅く起きたジムゾンは寝ぼけ眼で司祭館の窓を開けた。近くは森、遠くは山と見渡す限りの緑が広がり、陽光を反射する木々の葉が目に眩しい。時折、この小さな村の教会を訪れる観光客達は皆口を揃えて“素敵な所ですね”と言う。都会から来た者達にとって、緑豊かな南ドイツの土地はさぞ美しく見える事だろう。しかし今のジムゾンにとっては、素晴らしい景色も只管憂鬱な物でしかなかった。
 中等教育課程を終えた後すぐに修道院へ入ったジムゾンは、一生を修道院で終えるつもりでいた。ところが教区が人手不足だとか何とかで修道院から引っ張り出され、あれよあれよという間に助祭になり、司祭の叙階まで受けて今に至る。元々人付き合いが苦手なジムゾンにとって、出身も年齢も、価値観も違う人々の社会――所謂俗世はまさに地獄であった。景色の美しさや雄大な自然はこの際問題ではない。この恵まれた風景を憂鬱に思うのは、風景が俗世での日常に溶け込んでしまった為である。
何も考えないようにと聖句を頭の中で唱えながら身支度を終えた所で、玄関の扉を叩く音が聞こえた。その音に意識を呼び戻されたジムゾンは、漸く今日が土曜日である事を思い出した。土曜日は村で唯一気を許せる友人が訪ねて来る日でもある。人付き合いが苦手と言っても、気を許せる人間とあらば話は別だ。ジムゾンはいそいそと階段を下りて扉を開けた。
「おはよう、神父さん」
 目の前に現れた中年の大男は何時ものように微笑んだ。短く刈り込んだ髪の毛や顎鬚は白髪まじりだが、日に焼けた肌とがっしりとした体つきはあまり老いを感じさせない。
「おはようございます、トーマスさん」
 ジムゾンもつられて微笑み、トーマスを招き入れた。トーマスは教会裏手にある森の中に一人で住み、隣町の林業会社で働いている。ジムゾンがこの村に赴任してきた冬の間、毎朝無償で薪を届けてくれていた。かなり昔に建てられた司祭館では未だに暖炉が現役だ。温かくなって暖炉に用が無くなると彼の足も遠のいたが、自家用に栽培している野菜だとか貰い物のパンだとかを持ってきてくれるうち、特に用事の無い日でも毎週土曜日に訪れる事が習慣になった。親子ほど年齢が離れているものの、真面目で温厚な性格や未婚である事から、ジムゾンにとっては同じ聖職者のような感覚もあり、親しみ易かった。
 何時もなら夕方まで世間話をして過ごすのだが、今日は昼食が終わるまでだった。なんでも、急な出張が入ったらしい。
「庭の雑草をどうにかしたかったんだがなあ」
 帰り支度をしながらトーマスは窓の外に目を向ける。夏真っ盛りの裏庭では一面雑草が生い茂っていた。ジムゾンも見る度手入れしようとは思っていたものの、つい先延ばしにしているうちにここまで育ってしまった。先週トーマスが来た時にはさして目立たなかったというのに、夏草の勢いとは恐ろしいものだ。
「いいんですよ、そんな。私がサボッていただけですから。明日にでも草むしりします」
 ジムゾンは恥ずかしそうに苦笑いする。
「葦だらけだから俺がするよ。手を切ったら大変だ」
 トーマスは、絶対に触らないように、と釘を刺してから帰っていった。

 どういうわけか、トーマスは親切という言葉以上に世話をしてくれる。さながら過保護な親の如く。いや、それ以上に気を遣う。土曜日の来訪が習慣化する切っ掛けになった“お裾分け”も、実は完全な貰い物ではない。
 以前ジムゾンが珍しく朝に散歩をしていた時、パン屋で買い物をしているトーマスを見かけた事があった。店主でもあるパン職人のオットーとの会話によると、トーマスは土曜日の度に二人分のパンを買っているようだった。よく熱心に世話するね。オットーはそう言って呆れ交じりに笑っていた。
 そこまでしてくれなくても良いのだと、言うべきか言わないべきか。ジムゾンは長らく悩んでいた。しかし要らぬ事を言って変なしこりが生まれ、唯一の友人を失うかもしれないと思うと、怖かった。結局言えないまま記憶からも次第に消えていったが、時折不意に思い出しては、どことなく恥ずかしい思いを抱えてしまうのだった。
 トーマスの出張は水曜日までだと言っていた。後から作業用の手袋を買いに行って、月曜日に草むしりをしよう。トーマスには触るなと注意されたが、そこまで世話をさせるのも気が引けるし、それこそ過保護な親に甘える子どものようで格好がつかない。そんな事を考えながらジムゾンは礼拝堂へ日課の祈りを捧げに行った。


 そして迎えた月曜日の朝、ジムゾンは玄関の扉を開けたまま硬直していた。何時ものように身支度を終えると、玄関の扉を叩く音が聞こえた。トーマスは居ない筈だし、他に尋ねてくるような村人など居ない。観光客も礼拝堂を見学してゆくだけだろうに、一体誰なのか。不審に思いながら開けた先には、見覚えのある男が立っていた。
 伸ばしっぱなしの赤い髪の毛と無精ひげ、黒い作業ズボンと上着は汚れが目立ち、シャツを着ていないため上半身は殆ど露出している。しかも露出している部分の肌には切り傷と思しき傷跡が幾つも刻まれ、どう見ても堅気の人間には見えない。ディーター・ヘルツェンバイン。ジムゾンがこの村で最も苦手とする人物だった。
 見るからに一匹狼のならず者と言った風な外見に反して、村人との交流は活発で別段悪い噂は聞かない。参列者もまばらな日曜ミサでも時々入口近くの席で見かける事がある。客観的に見て性格や素行には何の問題も無いのだが、あまり村の行事に関わらないジムゾンに対しては無愛想だった。さして親しくも無いのだから当然と言えば当然だ。しかしその態度と外見も伴って、ジムゾンには完全な苦手意識が生まれていた。
「トーマスに頼まれて来た」
 何気なく言っているその言葉さえも、ジムゾンにとってはぶっきらぼうとしか思えない。そんな事など知るよしも無いディーターは、何の反応も示さないジムゾンを訝しげに見つめる。
「やるんだろ?草むしり」
 漸く我に返ったジムゾンは無言で頷いた。言葉を発しないジムゾンを見てディーターは更に眉根を寄せ、空の麻袋を手に裏庭へ向かう。
「あっ。いやっ」
 その様子を見て、ジムゾンは思わず声を出した。
「い、いいんです。一人でできますから」
「俺はトーマスに頼まれたんだ。あんたに頼まれたわけじゃない」
 ぴしゃり、と言われてジムゾンは何も言い返せなかった。そうこうしているうちに、ディーターは裏庭へ行ってしまった。ジムゾンは一旦室内に引き返し、台所に立ってみたり居間の椅子にかけてみたりしたが、気持ちが落ち着く筈も無かった。手伝った方がいいのか、それとも放っておいた方がいいのか。下手に手を出すと邪魔だと言われるかもしれない。が、何もしないまま居たら、手伝いもしないのかと呆れられるかもしれない。でも、何もしないで嫌な思いをするより、何かして嫌な思いをした方がいい――。やっと決心がついたジムゾンは、先日買ってきたばかりの作業用手袋を引っつかんで裏口の扉を開けた。
「手伝わなくていいー」
 面倒臭そうな声が、見事にその出端を挫いた。声の主のディーターはこちらに背を向ける格好でしゃがみこみ、黙々と草をむしっていた。ジムゾンはまた、その場に立ち竦んでしまう。ジムゾンが引っ込まないのを察してか、ディーターは更に言葉を続けた。
「あんたに触らせるなとも言われてる」
「ああ……。そう……ですか」
 追い討ちをかけられた形のジムゾンは力無く笑うが、ディーターからの反応は無かった。ジムゾンはそのままニ三歩ゆっくり後ずさり、そっと扉を閉めた。
「はぁあ……」
 小さなため息をついてがっくりと肩を落とす。背を曲げたままのろのろと居間へ引き返し、テーブルに上半身を投げ出した。その後はもう何をする気力も起きず、気がついた時には昼になってしまっていた。裏庭にディーターの姿は無く、雑草は綺麗にむしられていた。実に些細な出来事だったのだが、ジムゾンにとっては大事件だった。
 ディーターへの苦手意識が消えるせめてもの切っ掛けにできれば良かったのに、何も出来なかった自分が情けなかった。そうやって思い悩み続けていると、今度は、何故あの男の為に自分が落ち込まねばならないのかという憤りが沸き起こってくる。しかしやがて憤っている自分がみっともなくなり、煩悶は日が傾いてしまうまで堂々巡りを続けた。

 朝から何も食べておらず、当然食事の準備もしていなかったジムゾンは空腹に耐えかねて聖服のまま近所の宿屋へ向かった。村はずれにある宿屋の一階は酒場兼用の食堂になっている。近隣の村人もよく利用しているため、ジムゾンは普段、外食する時は村を分断する川を渡って対岸の食堂まで足を運んでいた。村中心部なら人も多く、また、知り合いも大して居ないからだった。しかし今日ばかりは一々自転車をこいで対岸まで渡るのも面倒で、知り合いに遭遇しないようにと祈りながらの外出と相成ったのである。
 乏しい財布の中身を確認しつつ歩き、やがて宿屋の前に辿り着いた。まだ完全に日は沈んでいなかったが、玄関には明かりが灯され、黒猫亭と記された看板とそのシンボルである古風な黒猫の絵が夕闇の中に浮かび上がって見えた。ジムゾンの祈りも空しく、中からは沢山の人の声と時折の大きな笑い声が聞こえてきていた。今更引き返すわけにも行かず、ジムゾンは玄関の扉を開けた。
「こんばんはぁ……」
 ぼそぼそと呟いた挨拶は、扉に付けられたベルの音に殆どかき消されてしまった。店内は近所の人間や観光客でごった返しており、誰もジムゾンの存在に気付く者は居なかった。
「おや、珍しいねえ神父様」
 店の奥から明るい声がかけられる。声の主はこの宿屋の主人であるレジーナだった。レジーナはかつて村一番の別嬪だったという話で、年齢を重ねた今でもその片鱗は見て取れた。早くに夫と死に別れ、以来女手一つで宿屋を切り盛りしている。二人いる子どもは何れも成人しており、長男はフランクフルトの会社に勤め、長女はつい昨年北部の町へ嫁いだばかりだ。
「ちょっと待っておくれ。すぐ席を用意するから」
 レジーナは沢山の酒と料理が載せられた盆を両手で抱えて客席へ去っていった。こう忙しいとさすがに手が回らないらしく、近くに住んでいる村娘のパメラも駆り出されていた。パメラはこの村の村長であるヴァルターの娘でベルリン大学の一年生だ。今は夏休み期間中で村に帰っており、時折幼馴染のヨアヒムやヤコブらと一緒にいる姿も見かけられた。美しい容姿が返って仇となり、早くも酔った客に絡まれているようだったが、さすが長らく手伝いなれたもので適当にあしらっていた。
 二人ほどとは行かなくても、その要領の良さが半分だけでも自分にあればいいのに。ジムゾンは内心ため息をつきながら二人の姿をぼんやりと目で追っていた。
「ふーん。じゃあトーマスから言われて」
「じゃなきゃ誰が行くか。めんどくせぇ」
 不意に、喧騒の中でその声だけが大きく聞こえた気がして、ジムゾンは声のした方へ目を向けた。そこにはディーターの姿があり、丁度追加のパンを配達してきたオットーがパンのケースを抱えたままディーターに話しかけていた。どうやら、話題はディーターが今日草むしりに来た事のようだ。
「トーマスはほんと世話焼きだよねえ。神父さんだって逆に迷惑なんじゃないかな」
「迷惑っつうかねえ……」
 ディーターはビールを瓶ごとあおり、再び口を開いた。
「甘やかしてるから神父もそのままズルズル頼ってるだけだろうよ。打ち解けられないんだか何だか知らねえが、自分から来る気がねえような偉そうな奴を一々世話してやる必要なんてねえって」
 ジムゾンの頭の中は真っ白になった。頭から血の気が引いて、手のひらにはじっとりと冷や汗まで滲んだ。これ以上聞いていてもロクな事は無いのだと思いながら、身動き一つできないでいた。
「神父さんが迷惑じゃないならトーマスの勝手だし。僕はそれでもいいと思うけど」
「なんかなあ……甘やかしてもしょうがねえぞって言ってんだけどよ。全く聞く耳持たねえし。お前は恋する乙女か、ってなぁ」
 二人の笑い声が頭の中で痛いほどに響く。
「神父も神父なんだよな。いい年こいて子どもじゃあるまいし。今日行った時だって、ロクに会話になりゃしねえ。ありゃ神父には向いてねえ。修道院にでもずっと引っ込んでりゃいいんだよ」
 話を聞きながら漸くオットーはこちらの存在に気付いたようで、慌ててディーターの肩を叩いた。ディーターも顔を上げ、こちらを見た。まさかその非社交的な神父が宿屋に来るとは夢にも思わなかったようで、緑色の目を丸くしていた。ジムゾンは何時の間にか薄い唇を痛いほどにかみ締めて、握った両の手を小刻みに震わせていた。
「子どもっぽくて悪かったですね」
 押し殺したはずの声は思ったより大きかった。突然の低い声に、レジーナや客達の何人かは気付いてジムゾンの方を見た。引っ込みがつかなくなってしまったジムゾンは、溢れる感情のままに叫んでいた。
「私だってずっと修道院に居たかったですよ!何も知らない癖に言いたい放題!私は一人でできたのに!嫌なら来なきゃ良かったでしょう?!私だってあなたに頼んだ覚えも無いし、今までも、これからも、誰かに何かして貰おうなんて思ってませんっ!」
 何時の間にか顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。そうしていいだけ叫んでしまうと、ジムゾンは踵を返した。後ろから、呼び止めるレジーナの声が聞こえたが、振り返りもせずに教会まで走った。


 翌日。夏の朝日が、腫れあがった瞼をこじ開けた。昨晩何も口にしないで寝室に篭ったジムゾンは、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。起きたばかりの頭に、いいだけ叫んでしまった事の罪悪感も襲ってきたが、もう全てがどうでも良かった。
 暫くして、何故かオットーがレジーナを伴って謝罪に訪れた。自分が話の切っ掛けを作ってしまったからなのだと。オットーが謝罪する必要など無いのだし、本来ならディーターが来るべきでは無いのか。そういう憤りしか今のジムゾンには感じられず、お詫びにとオットーが持ってきたパンも受け取る気にはなれなかった。受け取っておきなとレジーナが再三言い添えるので、取敢えずは受け取った。
 二人が帰った後、部屋に満ちた香ばしいパンの匂いでジムゾンは空腹を思い出した。あまり気は乗らなかったが、まだ温かい紙袋の中から柔らかい高級パンを一つ取り出して台所へ向かう。それはよく“お裾分け”に貰っていた分で、ジムゾンは何とも言えない寂しさに襲われた。食べやすい大きさに薄く切っていると、どういうわけか涙がこぼれ始めた。まるで玉ねぎを切っている時のように、後から後から止め処なく溢れてくる。唇を引き絞って堪えながら、意味も無く全部切ってしまった。
「神父さん?」
 誰かに呼ばれたような気がして、ジムゾンは顔を上げた。トーマスの声のようだった。自分の記憶が正しければ、今日は火曜日の筈だ。トーマスの出張は水曜日までだというのに、トーマスの声が聞こえるなんて。幻聴が聞こえるほど参ってしまったのかと小さく苦笑を漏らし、漸く止った涙を手の甲で拭った。切りすぎたパンを木のトレイに全部載せ、居間へと戻る。すると正面の窓ごしに大きな人影が見えた。それは紛れも無くトーマスだった。
 ジムゾンはその場に立ち尽くした。不意に窓越しに目が合うと、トーマスは何時ものように微笑みかけた。折角止っていた涙が再び止め処なく溢れ出し、一体どうしたのかと戸惑った様子のトーマスを招き入れるのでやっとだった。

 二人は居間で向かい合って座った。テーブルには切りすぎたパンやらトーマスの土産の菓子やらが置かれて賑やかだったが、ジムゾンの顔は相変わらず暗かった。視線を落とし、千切りもせずに両手で持ったパンを黙々と口に押し込む。
「思ったより早く話が纏まってね。一日繰り上げて帰ってきたんだ」
 トーマスの説明にも、ジムゾンはただパンを頬張り、小さく頷いただけだった。
「レジーナから聞いたよ。昨日の事」
 その言葉に、ジムゾンは漸く動きを止めた。
「ごめんな、神父さん。俺がディーターに頼んだばっかりに」
「いえ」
 半分まで齧ったパンを皿に置いて、ジムゾンの表情は益々暗くなった。どうして張本人が謝らずに、周りの人間ばかりが謝るのだろうか。何か自分にしたでもない人ばかりに謝られると、居心地が悪くなるばかりだった。
「あいつも、悪い事したって言って――」
「じゃあどうして本人が謝りに来ないんですか?」
 不貞腐れたジムゾンの口からは刺々しい言葉が飛び出していた。
「どうして、周りの人達ばかりが謝るんですか?皆で腫れ物に触るみたいに。そりゃあ、私が打ち解けないし。偉そうだから、恐々されても、仕方無いかも、しれませんけど」
 言う内に声は掠れて涙声になり、終いには泣きじゃくってしまう。まるで子どもだ。そうは思ったが、もう恥も外聞もどうでも良かった。
「気にしなくていいんだよ。あんたが悪いんじゃない」
 トーマスは宥めすかそうとジムゾンの頭に手を伸ばしたが、何故か途中で引っ込めた。ジムゾンは目を真っ赤に泣き腫らしたまま、訝しげに顔を上げた。トーマスはどこか複雑な表情で、引っ込めた自身の手の平を見つめていたが、ジムゾンが見ている事に気付くと何でもないと苦笑いした。
「そうだ。神父さん、あの庭どうする?」
 唐突な問いを受けて、ジムゾンは問いかけるように再びトーマスを見つめた。
「花か何か植えるなら手伝おうと思ってな」
 前の神父が居た頃の庭は花壇として使われていたと言う。集落に一人は居る世話焼きの老女が世話をしていたそうなのだが、彼女が他界してからはつい先日草むしりをするまで荒れ放題に荒れていた。
 花は嫌いではない。修道院に居た頃はよく世話も任されていた。しかし、好きというわけでもなく、この教会で花の世話をするのは嫌だとさえ思っていた。花壇があったのは、自分より確実に慕われていた前任の神父の力によるものだ。それを復活させたら、ああ、やっぱり前の神父が良かったなどと言われそうで、嫌だった。とはいえ嫌いだと言うのは非常に体裁が悪い。
「花より、野菜やハーブの方がいいです」
 むっつりした顔のままジムゾンは明後日の方向を向いて呟いた。トーマスの顔を見ないようにして、続ける。
「食べられる物の方が実用的ですから」
 およそ神父らしからぬ事を言うジムゾンを見てトーマスが笑った。ジムゾンはそんなトーマスの様子をチラリと横目で見つめ、やがて小さく笑った。


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