【青の楽園 第三話】
つり橋は半壊して対岸の崖にだらしなく垂れていた。崖下を流れる川は昨日の嵐で増水して濁流となっている。崖は高く、増水によって押し流されて壊れたとは先ず考えられない。 「決定的になったな。」 呟いたのはニコラスだった。慌てて駆けつけた皆も同じ気持ちだった。つり橋は村側から落とされている。もし故意に落とされたのだとしたら犯人は村の住人としか考えられない。 「嵐でロープが切れたのかもしれないよ…。」 力なく呟くヤコブに、ニコラスは目を閉じて首を横に振った。 「たしかに昨日の嵐は酷かった。だがあの頑丈なロープが自然と切れるとは先ず考えられない。見てみろ。」 そう言ってトーマスは指をさす。トーマスが指した方向にはつり橋を支えていた大きな木の杭がある。杭の先端部分はえぐれて滅茶苦茶になっていた。切り口は新しく木屑が下に散っている。 「昨日までこんな傷は無かった。恐らく、橋を落そうとしたがロープが中々切れず勢い余って木を傷つけてしまったんだろう。…落雷の可能性は無いぞ。熟睡していて聞こえなかったと考えても、落雷なら木の真ん中が割れる。」 「切り口が鈍い。」 ニコラスは残されたロープの切れ端や木を観察する。 「斧で切ったんだろうな。それも、切れ味の悪い斧だ。」 「…ゲルトをやった凶器…。」 呆然としているヨアヒムの一言に皆の視線が集まる。ゲルトは切れ味の悪い重い刃物で殺された。それはまさに切れ味の悪い斧というロープを切断したであろう道具と合致する。 「…信じたく無いよ。できれば名乗り出て欲しいものだが。」 溜息交じりのヴァルターの言葉に反応する者は誰も居なかった。 「郵便屋さんでもいいから、通りかかって気付いてくれないかな。」 ペーターは眉根を寄せて対岸を見つめた。郵便配達夫なら毎日街からやってくる。街に修理を依頼してくれれば何とかなる。対岸までの距離もさほど無いので大声を出せば聞こえるだろう。 「無理だな。」 あっさりと否定したのはディーターだった。片手で顎を支え、ある一点を見つめている。ディーターの視線の先にあるのは奇妙に変形した山の斜面だった。 「削り取られてる…。」 ジムゾンはその隣で愕然として呟いた。遠いので確認はできないが、山の斜面は明らかに人の手で削られていた。恐らくその先に続く道は削り取られた土砂で寸断されているに違いない。 「街の人間が気付いて除去してくれるまでどれだけかかるかは解らねえな。気付いたとしても橋が落ちてるなんて事はあっちから解らねえから、村でどうにか退けるだろうと思うだろうしな。」 朝食後そのまま会議が開かれた。 「村は完全に孤立してしまった。」 あの後ヴァルターはヨアヒムと共に役場へと赴いた。村に唯一ある電話機に一縷の望みを託してだ。しかし予想通り電話線もまた切られていた。これでほぼ外部との通信、交通の手段は無くなってしまった。 「街の人間が土砂を退けてくれるのを待つしか無い。今日かもしれないが、一ヵ月後、一年後かもしれん。幸い水はあるし食料も元々自給自足していたゆえに困る事も無い。問題は、殺人犯の存在だ。」 ヴァルターは立ち上がり、昨日ニコラスが証拠として持ってきた本を手に取った。 「知られたくない過去をゲルトに知られてしまった人間が居た。或いは本当にゲルトが言っていたように何がしかの秘密結社があって、それを暴かれそうになったがゆえにゲルトを殺した人間が居る。 名乗り出ろと言っても出てこないのだから、この場で白状しろと言っても意味が無かろう。我々に残された犯人への手がかりは、ゲルトが持っていたであろう証拠だ。」 本を置くとヴァルターは両手を机について全員を見渡した。 「あれだけ家捜しされていたのだから、もう犯人の手中に。或いは処分されているのかもしれない。だが逆に、あれだけ家捜しをしたという事は見つからなかったという可能性も考えられる。 皆で手分けしてゲルトの家を捜索しよう。必ず五人三班に分かれて行動する事。折角それが見つかったとしても犯人に密かに処分されてはかなわんからな。」 「でも…そんなに見られたくない書類だったのなら、わざわざ家を荒らさずに放火しちゃえばいいんじゃない?」 再びゲルトの家を捜索しながらパメラが言った。同じ班になったジムゾン、ペーター、ヨアヒムの三人はうーんとうなって首を捻った。 「放火したら痕跡が残らんだろう。」 最後の一人であるニコラスはさして不思議がりもせずに答える。 「宝石を持っていってたろう。犯人にはあの時点でまだ強盗に偽装する意志があったのさ。放火なんぞしようものなら、見られたくない書類がありましたと暴露するような物じゃないか。」 「あ…そっか。」 「…そういう意味では、俺は要らん事を言ってしまったかな。」 本を数冊纏めてニコラスはふうと溜息をついた。 「犯人がこの中に居るという証拠を、俺は犯人に示しちまった。その所為で橋は落とされ…馬鹿なことをした。」 「そんな事無いよ。言ってくれなかったら解らなかったし。」 ヨアヒムの慰めにニコラスは小さく礼を言う。 「俺だってこの村に殺人犯が居るなんて思いたくないし、思えなかった。証拠は掴んでも、村人の誰かが犯人だっていう当然の答えを無視してたんだな。」 ニコラスは悔しさを紛らすかのように黙々と片付けを続けた。 「やられる前にやれ、だよ!絶対犯人を捕まえてやるんだ!」 ペーターは少年らしい勇ましさをあらわにして一層家捜しに力を入れる。ジムゾンはニコラスに言われて改めてそら恐ろしさを感じていた。ゲルトを殺害した犯人がこの中に存在し橋を落としたという事実から、村人が皆殺しにされるという恐ろしい結末は容易に予感された。 やられる前にやる。ペーターの言葉のとおりにする他に方法は無い。兎に角犯人を見つける事が最優先だ。ジムゾンはペーターにならって捜索の手を早める。ともすれば心を支配しそうになる恐怖心を今だけでも忘れてしまうために。 日も傾きかけた頃、ヴァルターから呼ばれてジムゾンは階下に下りた。階段を下りついた先の玄関ホールにはヴァルターとヤコブ、そしてトーマスが居た。 「ああ、ジムゾン。すまないが二人と一緒にヤコブの家へ行って夕食の野菜を調達してきてくれないか。レジーナが青物を切らしたんだそうだ。」 「解りました。…。」 ちらりとトーマスを見ると目が合ってしまい、ジムゾンは咄嗟に目を逸らした。あの日から一言も話していない。忘れかけていたモーリッツやディーターの言葉を思い出してジムゾンは微かに背筋が寒くなった。できれば一緒に行動したくない。 昨晩別れる間際にディーターが見せた複雑な表情が脳裏をよぎる。恐らくディーターはトーマスがゲルトを殺した犯人ではないかと思っているのだろう。それもトーマスの過去が原因だ。しかしトーマスとゲルトには何の接点も無い。ジムゾンの両親を殺したという過去が事実だと仮定して、それを知ったゲルトを殺したと考えるにしても何故モーリッツではないのかという疑問も残る。モーリッツはジムゾンの本当の両親の事をトーマス自身に口止めされていたと言った。という事はトーマスにはモーリッツが最も真実に近い人物であると認識されていよう。 以上の疑問と確証も無いうちから犯人扱いもできないという事で、ディーターはジムゾンに配慮して言及まではしなかったのだろう。ジムゾンとてトーマスが犯人だと思いたくない。何より、過去の事も未だに疑いたい気持ちがある。それでも矢張り半分は恐ろしくてヤコブの家へ向かう道すがらジムゾンは沈黙を続けていた。ヤコブが居るのだからおかしな真似はしない。大丈夫だと自分に言い聞かせた。 「一人で取ってこれたんだけどな…。」 ヤコブは苦笑して一輪車のもち手を握る。 「二人はそこに居ていいよ。すぐ終わるからさ。」 「いや、私も手伝おう。」 トーマスとヤコブは暫く言い合っていたが、やがてヤコブが折れた。 「解ったよ。じゃあトーマスはそっちの畑からトマトを取ってきてくれ。籠一杯あれば足りるだろ。俺はキュウリを取ってくる。…あ、ジムゾンはいいからな。そこでじっとしてろよ!」 言い残してヤコブとトーマスはそれぞれ畑に入っていった。残されたジムゾンは二人の姿をぼんやりと見つめるしかなかった。そのうち畑に見え隠れする二人の姿を見るのにも飽いてぐるりと辺りを見回した。日は山に沈み始め地面の影が長く伸びている。オレンジ色の光に照らされて足元で小さな花が揺れていた。しゃがみ込んで花を観察しているとふと、草の無い地面についている足跡に気がつく。 乾いた地面にくっきりと判のように付けられたそれは今つけられた物ではない。乾いた地面を歩くだけでは足跡はこうもくっきりしない。このようになるのはぬかるんだ地面を歩き、それが乾いた時だけだ。 ジムゾンの心臓は早鐘を打つように脈打った。思わず握り締めた手の平がじっとりと汗ばんでくる。嵐の前の雨の日につけられた足跡なら嵐で流される。だが足跡は残されている。間違い無い。あの嵐の中でここを誰かが歩いたのだ。昨晩は誰も表に出なかった。出ていた事が知れていたなら真っ先に疑われていただろう。つまりこの足跡は、犯人の物だ。 ジムゾンはゆっくりと立ち上がった。それなのに立ちくらみがする。フラフラする頭を勢い良く二三度振って慎重に足跡を追った。辿り着いた先は農具を収める小屋だった。先程一輪車を出したため鍵は外されている。そっと扉を開けると古い木の匂いと干草の匂いがした。さすがに中には足跡も残っていない。あったとしてもついさっきヤコブが踏み消してしまったのだろう。小屋の中には雑然と農具が収められ、取り立てて不審な所も無い。窓は高い位置にあり、出入りできる所と言えば入ってきた扉だけだ。 まさかヤコブが。 ジムゾンは恐ろしくなって扉へ引き返した。とその手前で扉のすぐ脇に集められた干草に気がついた。牛小屋はここから離れた場所にある。こんな所に干草の塊があるのは少しおかしい。逸る気持ちを抑えながらジムゾンはしゃがんで干草を掻き分ける。すると、硬い何かの感触があった。 「っ…!!」 ジムゾンは息を飲んだ。干草の中から現れたのは使い古された一振りの斧だった。もち手の木は水に浸した後のように湿っている。錆びかけた刃には…つり橋のたもとで見た木屑がこびりついていた。 あまりの事に後ずさり、立ち上がろうとしたジムゾンの視界が急に暗くなった。顔を上げると入り口を塞ぐようにしてヤコブが佇んでいた。瞳は何の感情も無い空ろな光をたたえ、手には用もないのに鋤が握られている。ジムゾンが呆然としている間にヤコブは鋤を振り上げた。柄を持つ手と体勢は、丁度漁師が銛で魚を仕留める格好に良く似ていた。 「ジムゾン!小屋から出ろ!早く!!」 トーマスの叫び声にジムゾンは目を開けた。ヤコブは目の前で動きを止めていた。いや、止めているのではない。後ろから羽交い絞めにしているトーマスと揉み合っているのだ。ジムゾンは慌てて小屋から飛び出した。地面に尻餅をつくと同時にドサッと重い音を立てて鋤が傍に転がった。素手になったヤコブはなおトーマスに襲いかかる。ヤコブは若い。農作業で培った体力もあるし力も強い。だが戦を経験し戦い方を知っているトーマスが相手では如何にトーマスが六十に近かろうと勝負は見えていた。 程なくヤコブは地面に倒れ、トーマスはそれに追い討ちをかける。やがてヤコブが気を失うとトーマスは小屋に吊るしてあった荒縄でその腕を後手に縛り上げ、ジムゾンに歩み寄った。 「怪我は…。」 トーマスが跪いてジムゾンの頬に手を伸ばした瞬間、ジムゾンはトーマスにしがみついた。声も出せずにただ涙をこぼしながら汗だくのトーマスの体にすがりつく。体はガクガク震え、足は神経がどうにかなったかのようにいう事をきかなかった。 「もう大丈夫だ。」 トーマスは安心させるように静かに呟き、しっかりとジムゾンを抱き返した。涼やかな風が吹き抜ける。地面に伸びた影は薄れ、空は藍色に染まっていった。 「俺はゲルトはやってない。」 両手両足を縛られた上、椅子に胴も括られて座ったままでヤコブが言った。 「じゃあどうして橋を落す必要があるんですか!」 たまりかねてアルビンが叫ぶ。 「この村に殺人鬼なんて居ないんだって証明したかったんだよ。」 「ならば何故斧を見つけたジムゾンを殺そうとした。」 トーマスは静かに問うたが、その声には明らかな怒りがこめられていた。 「鋤を仕舞おうと思って垂直に持ち直しただけだ。」 「ふざけんな!長いもんを入れる時は水平に持つもんだ!垂直にするにしてもジムゾンが居ると解って先端を向ける必要がどこにある!」 掴みかかろうとしたディーターをジムゾンが押し止める。 宿は険悪な雰囲気に包まれていた。犯人が捕まったという事もあって子ども達には別室で食事をさせて休ませたが、洗い片付けの女性陣を除いては皆口々にヤコブへの尋問と罵倒を繰り返していた。 「…何はともあれ、これで一安心だな。」 ふーっと長い溜息をついて、オットーは椅子の背にだらしなくもたれて目を閉じる。ヤコブは宿屋地下にある使われていない貯蔵庫に監禁した。手足の自由を完全に奪っているので逃亡の恐れは先ず無い。それでも念の為に鍵はヴァルターが持ち、交代制で夜も見張る事になった。 「安心するのはまだ早い。警察に引き渡して初めて終わるのだからな。」 ヴァルターも同様に椅子に背をもたせてぐったりとしている。気持ちはオットーと同じだが、村長としての責任感がそれを言わせなかった。 「木を切り出す事から始めねばならんが、皆で手分けして橋をかけよう。…かなり時間はかかるが、ただ待つよりはよほどいい。」 「あ…。」 ジムゾンが思い出して口を開いた。 「殺人鬼に知られてはいけないと思って黙っていましたが…私、朝の会議の前に伝書鳩を飛ばしたんです。」 その一言に皆が一斉にジムゾンを見た。 「そういや…鳩飼ってたな。あれ、伝書鳩だったのか?」 「ええ。一先ずはつり橋が落ちている事と土砂が道を塞いで村が孤立した事を記して司教様の所へ送りました。先程教会へ戻ったら帰って眠っていました。お返事も頂きましたよ。」 笑顔を取り戻したジムゾンは懐から丸められた小さな紙切れを出して机に広げた。そこには丁寧な筆跡で了解し役所へ伝えた旨が記述されていた。 「前に橋が落ちた時も要請から修繕工事の着工までだいぶかかったからな。すぐにとは行かないだろうが、これで希望が見えてきたな。」 街の役人の腰の重さをしっているヴァルターも思わず言葉に嬉しさが混じる。皆は喜んだがニコラスだけは相変わらず何か考え込んだままだった。 「…ヤコブは協力者かもしれんな。」 ニコラスの言葉に皆は訝しげな表情を浮かべた。 「なに、それ。」 「おとぎ話で狂人と言われる奴の事だ。」 素っ気無い調子でヨアヒムの質問に答え、ニコラスは懐から煙草を取り出すと火をつけた。 「ゲルトが言ったとかいう人狼の仮説が本当なら、じゃがの。」 「本当だと思った方がいい。ああ、モーリッツもこれは見てなかったな。ゲルトの筆圧が高くて助かった。」 ニコラスはずた袋から一枚の原稿用紙を取り出して机に置いた。原稿用紙はグシャグシャと子どもの落書きのように一面鉛筆で汚されていた。受け取ったモーリッツは驚いて目を見開く。同じく見ていなかったジムゾンらも脇から覗き込んで見た。黒く塗りつぶされた面の中には塗られなかった個所がある。上に重ねられていたであろう原稿用紙に何事か書き記した際にペン先の圧力でへこんだ跡だ。跡はぼんやりと白くなっており薄っすら文字を浮かび上がらせていた。恐らくはゲルトの記した最後の一枚の複写だろう。ある秘密結社についての結びが記されていた。原本がどれだけの量があったのかは解らないが、犯人が見落とした白紙のこの一枚が手に入っただけでも大きな収穫だった。 「アルビンが聞いたように、グノーシス主義のカイン派とかいう奴からも異端視された結社らしいな。これについては神父殿の方が詳しいかもしれん。俺もよく解らん。」 皆の視線を一斉に受けてジムゾンは言い難そうに喋り始める。 「グノーシスとはギリシャ語で“認識”という意味です。グノーシス主義というのは古代神秘思想の一つであり、物事を物質と霊とに分けて考える二元論がその大きな特徴です。 極端に言うと彼らにとって霊は善。物質は悪であるわけです。彼らはこの世の存在する物の全てを“悪”と捉える傾向にあります。そこから生まれる思想と実践の方向性は派によって様々ですが、概要はこんな感じです。 ところで旧約聖書のお話はご存知ですか?アベルとカインのお話です。」 「知らねえ。」 即答したのはディーターだった。知っている者もいるようだったがジムゾンは一から説明する事にした。 「ふーん。じゃあようは、アベルってのがいい人でカインってのが悪い奴なのね。」 「ま、まあそういう事です。」 端的なパメラの纏めにジムゾンは苦笑いした。カインの話から説教を始めようとする心を何とか制する。 「大多数のグノーシス主義派が行き過ぎと言われるほどの禁欲的な生活をするのに対して、カイン派はその逆を良しとしています。何しろアベルを殺した悪人とされる兄のカインを信奉しているのですからね。彼らは物質が悪という定義が前提です。カインはアベルを物質、つまり肉体の絆しから解き放った英雄といった所でしょう。」 「ハハ…なんか、根本から間違ってるような気がする。」 ヨアヒムは乾いた笑いを浮かべる。 「生まれたらすぐに墓を作れとでも言うような物だな。いや寧ろ生むなと。」 「それを信じている人が居るのですよ。信じられない事ですが。」 呆れた様子のトーマスにジムゾンは複雑な表情で返答した。 「ですから彼らは殺人まで肯定しているとされます。そして…。…ん。」 ジムゾンはパメラとカタリナを交互に見比べて少し言いよどんだ。その様子から察したパメラは意地悪く笑う。 「なぁに〜?もうすぐあたしも成人なんだし、カタリナは既婚なんだから遠慮しないでよろしくてよ?」 「ええと。まあその。性に関しても、開放的で自由すぎるという所です。」 「強姦も厭わないという事ですね?」 カタリナが率直に言うと何故か聞くほうのジムゾンが顔を真っ赤にした。 「乱暴するだけに留まりません。大抵そういった主義の元に集まるのは男性ばかりなわけで。…ソドムの罪も好んで行うというのです…。」 「…ソドム?」 「男色じゃ。」 パメラの問いにモーリッツが即答し、ジムゾンは言葉にならない悲鳴をあげた。 「これも聖書にある話でな。ソドムとゴモラというのは悪徳ゆえに神に裁かれた都市の名前じゃ。その罪の具体的な内容については今でも議論されとるから実際に何がどうなのかは解って無いんじゃが、一般的には男色の罪とされておる。転じてソドムという単語は男色を指すようにもなったのじゃ。 なんじゃジムゾン。お前がはっきり言わんから説明しただけじゃぞ。」 ジムゾンは真っ赤になった頬を両手で押さえて恨めしそうな顔でモーリッツを見ていた。 「結局、奴らの正体が何なのかはゲルトの論文が失われた今ではわからない。誰がという具体的な記述も無かった。それでも結社の存在は判明した。話を元に戻すが、ヤコブはあからさま過ぎるからその思想に感化された協力者ではないかというのが俺の感想だ。」 ニコラスの言葉に皆は再び押し黙った。その説が本当だとするのなら、ヤコブが言うように真犯人は別人だという事になる。 「と言って断言まではできない。ヤコブには悪いが、ヤコブが真犯人である事を願うばかりだ。」 次のページ |