【人狼の宴・第六話】
ヴァルターはまんじりともしないまま夜を明かした。ジムゾンと共に宿屋へ戻ると既にトーマスは眠っていた。パメラがああしてほぼ人狼だと認められた以上は益々もってあの出来事を見過ごすわけにはいかない。明日無事で、目が覚めたら一番に聞こうと思いつつ、ついに眠りにつけないまま夜が明けてしまったのだった。 「今日は、全員無事のようですね?」 何時ものように一階に集まった村人を眺めてジムゾンが言う。処刑されたパメラを除いて誰一人として欠員が居ない。 「もう人狼は居らんのじゃないか?」 不意にモーリッツが呟いた。賛同の声をあげる者は居ないが、そう思いたい甘い期待は皆の顔に表れていた。 「それは無いでしょうねえ。パメラのあのうっかり発言は意図的な物ではありませんから。…ところでヤコブ。オットーはどうでしたか?」 ジムゾンはあっさり否定してヤコブに問いかけた。今日占われる事になっていたのはオットーだった。当然、あの一連の不審な態度ゆえにだ。 「オットーは人間だったよ。」 「それは残念でした。」 「どういう意味さ。」 ジムゾンがつまらなそうに俯き、オットーがそれに突っ込む。 「別にあなたを処刑したかったとかいうわけじゃありませんよ。今日の手がかりが無いなあと。…襲撃がなかったのは喜ばしいのですが、人狼の狙いも何もわかりませんからね。 というわけで。今日は色々難しいかとは思いますが、また夜までに議論して考えておいて下さいね。」 「トーマス!」 解散するとすぐにヴァルターはトーマスを捕まえた。不意打ちを食らった形のトーマスがぽかんとしている間に、腕を引いて崖沿いの広場まで連れて行く。 眼下にはモーゼルとその岸辺のコッヘムの村が見えた。川には観光船が浮かび、コッヘムではチラホラと人が行き来している姿も見える。たった数日前までこの村にもあった平和な光景がそこにはあった。できる事なら今すぐこの崖を下りてしまいたい。そう考えて、ヴァルターはこの数日間誰一人として脱走者が出なかった事に気が付いた。先んじて植え付けられた恐怖心もあろうが、こんな冗談みたいな状況下でも律儀にジムゾンという指導者に従っているのは立派なものだ。 「なんなんだ、急に。」 トーマスの声にヴァルターは漸く我に返った。 「一昨日の早朝の事だがな。お前、宿屋の裏でパメラと話していただろう。」 開口一番に切り出すとトーマスはギクッとした様子で目を見開いた。 「何を話していた?“あのままだと難しい”だの、“あなたしか頼めない”だの一体何の話だ?」 あからさまなトーマスの反応に焦ってしまい、つい口調は厳しい物になってしまう。それでもトーマスは無言で何事か考えているようだった。 「誰かを襲撃する相談でもしていたんじゃないだろうな?」 「違う!あれは…。」 トーマスは言いにくそうに言葉を切った。 「あれは…。棺の相談だったんだ。」 「棺?」 「ああそうだ。アルビンは背が高かったろう。」 たしかにアルビンはひょろりと背が高かった。横幅は違うが、村一番の大男であるトーマスと同じくらいの高さはあった。 「死後硬直していて教会にあった棺に入りきれなかったらしい。一旦は無理やり埋葬したそうなんだが、それでは不憫だと言われてな。それで、パメラから棺を作って欲しいと言われたんだ。」 「……。」 納得が行くような、行かないような。たしかにトーマスにしか頼めない、というのも合点が行く。それでも何処となく違和感を感じてしまう。 「ならば昨日アルビンの墓が暴かれていたのは…。お前がやったのか?」 「そうだ。パメラと二人で墓をあばいて新しい棺に入れなおした。」 「どうしてそれならそれと言わない?何故昨日“知らない”と言った?示し合わせて黙っていたんじゃないのか?」 「言えば疑われると思ったからだ。パメラもそう思ったのかもしれないな。皆に余計な疑念を蒔きたくなかったし、その事は後でジムゾンにだけ告白した。」 「ではあの親しげな様子は?お前はパメラの正体を知っていたんじゃないのか?」 「ああ。知ってた。」 先程からあまりにあっさりトーマスが肯定するのでヴァルターは聊か肩透かしを食らったような気持ちでいた。これだけスラスラ出てくるのならその言葉に嘘は無さそうだと言える。が、何故それしきの事を隠して黙っていたのかと思うと複雑だった。 トーマスは暫し空を仰いでから再び口を開いた。 「俺の娘だ。」 「はあ?!」 ヴァルターは絶句した。トーマスが結婚していたなどという話は聞いた事が無い。幾ら二十数年村を離れていたからといって、そこまで情報に疎かったわけでもない。トーマスは若い頃それなりに異性に人気があったが、無口で奥手な性格もあって仲が良かったのはレジーナだけだった。実はお互い共通の友人でありながら密かにレジーナを奪い合っていたような節もあった。レジーナはどちらかと言えばトーマスと仲が良く、ヴァルターが村を離れる時にはてっきりそのうち二人は結婚するのだろうと思っていたくらいだ。それなのに、娘が居たとなるとレジーナ以外とそういう関係になったという事になる。 「話せば長くなるが。」 「構わんよ。」 ヴァルターは胸ポケットから煙草を取り出し、トーマスにも勧めた。吐き出された紫煙がゆっくりと空気に溶けていく。こうして青空の下でトーマスと話をするのも何年ぶりだろうか。目の前に立ちはだかる非日常的な問題さえ無ければ実に満ち足りた一時だった。 「パメラの母親…ジルヴィアと出会ったのは、俺がシュトゥットガルトに出稼ぎに出ていた時だ。まあ、そこそこいい仲になってな…。ところがある日突然ジルヴィアの母親が倒れて、彼女はベルリンの実家に帰らざるを得なくなった。 すぐに戻ると彼女は言った。だが、それきり二度と西には戻らなかった。」 「……。」 ヴァルターは敢えて何も問わなかった。壁が崩壊した日の事は昨日のようによく覚えている。亡命しようとして殺されたという話は全体的には多い方では無いが、それでも殺された者が居るのは事実だ。パメラが生きている事からして、パメラの母親が無理な亡命を図ったとは考え難い。それでも東での生活は“戻らなかった”原因に何らかの影響を与えたのでは無いかと思われた。 「俺も勝手なものでな。彼女はきっと東で幸せを掴んだに違い無いと思い込んで、次第に忘れていった。ところがある日に…今から七年くらい前だったかな。パメラが俺を訪ねてこの村に来たんだ。父親では無いのか、と。…見ず知らずの二十歳の娘がいきなり自分を訪ねてきてそれだ。いや驚いたのなんの。」 「鑑定を?」 トーマスは黙って頷いた。 「引きずられていって、結果は親子という事だった。けれど急に実感は湧かなかったし、パメラ本人も同じようだったな。」 トーマスとパメラのやり取りは、親しげではあったが“親子”という風ではなかった。だがそういう経緯があるのならああいった会話にもなるのかもしれない。 「ジムゾンには話したのか?」 「…いや。」 トーマスはそう言いながら煙草を携帯用の灰皿に押し付けて消した。 「まァ。そうだろうな。」 ヴァルターは二本目に火をつけて目を閉じた。人狼のウイルスは遺伝すると言っていた。となると、パメラをそうさせたのがトーマスである可能性も当然考えられる。それに婚前交渉は旧教では禁止されている。人狼騒ぎを抜きにしてもジムゾンは処刑しかねない。 「嘘だ。ジムゾンには言った。」 と、トーマスが笑う。 「よく無事だったな。」 「“破門です!二度と教会に来る事まかりなりません!……なーんて。言うと思いましたかー?”だとさ。」 トーマスがジムゾンの口調を真似てみせ、お互いにぷっと噴出した。 「それからずっとジムゾンには相談に乗って貰ってる。接し方だとか、解らない事だらけで。……あっちにもやる事があったし、一緒に暮らす事は殆ど無かったが。」 そう言ってトーマスは懐かしむように目を細める。不意にヴァルターはパメラが昨日処刑された事を思い出した。何時も処刑はジムゾンとごく少数の人間の立会いで行われ、目に触れる事は無いし見たいとも思わない。その所為か、日が経つにつれて処刑という物への実感は薄らいでしまっていた。パメラやカタリナ、そしてペーターが居なくなったのは事実だが、今でも、ひょっこりとどこかから出てくるのではないかという淡い期待も持っていた。 パメラは自分を疑っていた、いわば敵という状態だった。処刑せよと投票しておいて実に虫のいい話だが、居なくなればやはり寂しい。殺さなければ殺されるという状況下であっても誰もが大切な村の住民なのだと今更ながらに痛感していた。 昨日のトーマスに特に変わった所は見受けられなかった。実の娘が殺されるかどうかの議論がなされ、結果処刑されてしまったというのにだ。大して付き合いも無く、親子だという実感も湧かなかっただろうから当然の反応かもしれない。しかしこうしてパメラの事を語るトーマスの様子を見ていると、奥底に隠している複雑な思いがある事は充分に理解できた。 聞きたい事はまだ沢山あったがヴァルターはそれ以上問うのを止めた。 「今日の決定は特に重要ですよ。」 昼時の宿屋にて、ジムゾンは議事録を読みながら焼きソーセージを一口頬張った。昼食もレジーナとオットーが用意してくれているが、家で食べる者も居る為時間も人もまちまちだ。宿の一階に居るのはレジーナとオットーそしてヴァルターとジムゾンの四人だけだった。 「考えている事があるにはあるんですが。」 「考えている事?」 ジムゾンの正面に座ったヴァルターは鸚鵡返しに問う。 「ええ。今は内緒です。ところでヴァルターは現状誰を怪しいと思いますか?」 「見当もつかないな。今日ばかりは本当に困ってる。」 「モーリッツさんが怪しいとは?」 思いもしなかった人物の名を挙げられてヴァルターは返答に窮した。ジムゾンは咀嚼しつつヴァルターをやや上目に見ている。 「いや…まったく。思いもしなかった。」 「最初にペーターが仲間として名前を言ってしまった一人でしたよね。」 「そういえばそうだったな。…となると一番白いんじゃないか?ヨアヒムが人狼でない事は証明されたようなものだし。」 「片方は真実だと思うんですよねえ。」 ジムゾンはすました顔をして再びソーセージに齧り付く。 「真実ねえ…。」 一方のヴァルターは浮かない顔のままフォークの先でカレーがけソーセージを突っついている。モーリッツの言動を思い返してみるが、さして不審な事も思い当たらない。強いて言えば自分を何時もフォローしてくれていたような節があったくらいだ。 「人狼は無実の人間をフォローしたりするものかね?」 「しますよ。」 ジムゾンは付け合せのインゲン豆を退けながらあっさりと肯定した。 「熟練の人狼は意図的にそうしますし、本能のままに生きている者も自然にフォローする事もありますね。」 「しかし善意でフォローする無実の人間も居るだろう。」 「そうですね。一概には言えません。」 「ではどうやって見分ける?」 途端にジムゾンは考え込んでしまう。ヴァルターはジムゾンの皿の端に寄せられていたインゲン豆をフォークで突き刺し、ジムゾンの口に押し付けた。ジムゾンはあからさまに嫌そうな顔をして顔を背ける。 「好き嫌いは良くないな。」 「食べたら吐きます。」 「子どもか。」 「子どもです。」 そのやり取りが既に子どもじみている。ヴァルターは昔娘がにんじんを食べたくないと駄々をこねていた事を思い出した。 「食べられたらご褒美に動物園へ連れてってあげよう。」 無論、この取引が成立していたのは幼い頃までだったが。 「本当に連れてってくれるんですね。」 言うが早いか。あれほど頑なに抵抗していたジムゾンがインゲン豆を口にした。目をきつく閉じてほんの数回噛んだだけで飲み込み、再び開けると涙目になっていた。 「行きたいのかね。」 「行けるものなら。」 ジムゾンは傍に置かれていた水を一気に流し込んで挑戦的に笑った。動物園へ行く。当然の事ながら、生きて村の外に出るには人狼を完全に駆逐せねばならないという事だ。 「約束ですからね。」 「最初から負けるつもりなんて無いさ。」 苦笑しつつ思い浮かぶのは娘とその家族の姿だった。二十四日は明日だ。今日決着がつけられなければ娘には会えないだろう。 「善意か否かを見分けるには不協和音を探すことです。いい手がかりになると思いますよ。」 また今日も日が暮れて、村人達は宿屋の一階に集まった。票はてんでバラバラで決定は困難を極めた。 「唯一二票集めているのがトーマスなのですね。入れているのは、オットーとヨアヒム。」 ジムゾンがチェックしていると、ヨアヒムがおずおずと手を挙げた。 「私…実は見たんです。トーマスさんと、パメラさんがアルビンさんの遺体を埋め戻している所を。」 途端に場内がざわついた。何故昨日言わなかったんだという非難の声も聞かれる。 「それで?」 「二人はアルビンさんの遺体を新しい棺に入れ直してまた埋めていました。…アルビンさんにあの棺は窮屈でした。だから、なんという事が無いのなら黙っていようと思っていました。」 事情を知っているジムゾンとレジーナは納得している様子だった。 「ですがお二人は昨日“知らない”といいました。それも不審でしたが、疑われるかもしれないと思ったのなら、無実の人間でもそう言うかもしれません。ただ…パメラさんがあそこまであからさまだと…。」 「ふむ。」 ジムゾンは顎に手を押し当てて所在無く歩き回る。 「トーマス。ヨアヒムの言った事は本当ですか?」 「本当だ。」 「何故アルビンの棺を暴いたりしたのですか?」 「窮屈そうだ、という事でパメラから頼まれたからだ。新しい棺は俺が作った。」 「どうして黙っていたのですか?」 「疑われてしまうと思ったからな。俺はともかくとしても、言えばパメラにも疑いが行く。」 「パメラを無実だと信じていたのですか?」 「…あんたが指摘するまではな。」 トーマスは昨日、決定まで考えが纏まらずに投票希望をしないままだった。ではジムゾンの指摘があるまでは自分に入れようとしていたのだろうか。ヴァルターはふとそんな事を考えていた。聞いてみたいが、今聞くような事でもない。 「有難う。…さて、どうしたものでしょうね?」 「これだけ票がバラけとるんじゃ。その中で二票を集め、その上こんな怪しい事があったとなればトーマスで良いのではないかの。 」 切り出したのはモーリッツだった。 「モーリッツさんはええと…リーザを希望していますね。それでもトーマスを?」 「そもそもリーザを希望したのは強い疑いがあっての事では無いでな。他に強く怪しい事も無いのなら、トーマスが妥当なのでは無かろうか?」 「皆さんは?票を変えますか?何か意見は。」 ちらほらとトーマスに変えるという声も聞かれたが、明確な変更理由は提示されなかった。 「トーマスは何か弁明する事がありますか。」 「何も。さっき言った事がすべてだ。」 「では決定はトーマスで良いですね?」 あまりにもすんなりとコトが運んでしまう。トーマスはたしかに不審だ。仲間が二人処刑され、観念した人狼のように見えなくも無い。昨日も希望を迷っていたのは、ヴァルターを敵に回すのが嫌だったからわざとぼかしたのかもしれない。 あれこれ考えていると、全員を見渡しているジムゾンと目が合った。ジムゾンは一瞬だけにやりと笑った。刹那、ヴァルターは昼間のジムゾンとのやりとりを思い出した。 ジムゾンは、モーリッツが怪しいとは思わないかと言った。ジムゾンはディーターのように頑なな考えは持っていない。単に今は矛先をトーマスに変えた可能性もある。が、あの話しぶりではモーリッツが怪しいという確信があるかのように見えた。恐らく、トーマスに決定するというのはハッタリで、自分と同じ答えへ行き着く理由が何なのかを、自分に探させようとしているのだろう。不協和音を探せと言った。あの話の決着もまだついていない。 手がかりは恐らく今のジムゾンとモーリッツの会話にあるはずだ。モーリッツは、自分が怪しんでいた人物が居たにも拘らず票を撤回すると言った。別の言い方をすれば、自分がトーマスを疑っているわけではないが、そういう状況になったから変えようと言っている。 状況によって考えを変化させ、誰かを強く疑うわけでもないが信じる事もしない。カタリナが処刑された時も、たしかそうだったような気がする。その考え方は、果たして無実の人間がする事だろうか。疑われると悪いので、当たり障り無い事を言っているようにも思える。それは、ヴァルターをフォローしたという行動の強さとやや反する。これがジムゾンの言う“不協和音”なのだろうか。 「票を変える。」 手をあげたヴァルターに全員の視線が集まった。 「そうですか。では、決定はトーマスに―」 「違う。トーマスじゃない。モーリッツにだ。」 それを合図にするかのように、場は水を打ったように静まり返った。 「ほほう。それはまたどうして?」 「モーリッツの主張は大体が状況に流されている。一見まともなように見えるのは、それが状況の主流だからだ。だがモーリッツ自身の考えが反映されていた事は殆ど無い。」 「じゃああんたに助け舟を出してた事は?」 訝しげな表情で問い掛けてきたのはレジーナだった。 「あたしゃ解せないね。あれだけ不利だったあんたを助けてくれたってのに。人狼がそんな事をするとでも?」 「真意は解らないが、不可能ではない。それに誰かを庇うという行動は不思議とその人間を白く見せてしまうものだ。」 「随分な言い方じゃの。」 今度はモーリッツ本人が反論してきた。 「わしは心からそう思ってしたまでじゃったよ。恩に着せるつもりは無かったが、いやはや。」 さすがにヴァルターもぐっと言葉に詰まってしまう。幾ら正義と信じる事でも、さすがに恩のある人間に対して言う事では無いだろうと心の中の自分も囁く。 「それに…。」 「それに?」 ジムゾンが、ざわめく周囲を抑えて問うた。ヴァルターはそれでも暫く言うべきかどうか悩んでいたが、意を決して口を開いた。 「私には、トーマスがそんな人間だとは思えない。」 騒ぎが収束するわけがなかった。そんなのは思い込みだろうとか、ならモーリッツは人狼であっても不思議は無いというのかとか。質問と非難の嵐だった。ヴァルターはそれ以上何も言えずにただ黙っていた。残念ながら論拠はモーリッツの態度の違和感以外にない。そして、その論拠が生まれたのも、トーマスを信じたいという気持ちあってのものだ。 「感情論では納得できませんよ。」 一人喧騒の中で悩んでいたヴァルターにジムゾンが問い掛ける。他の者の質疑の応酬はヴァルターからそれぞれの近場の者へ変わっていた。全員何時も以上に議論に熱が篭っているようで、声は大きくなるばかりだった。 「もう私にはそれ以外解らない。」 「それで十分です。」 ヴァルターが顔を上げるとジムゾンはにっこり微笑んだ。 「任せて下さい。当たるかどうかは解りませんが…手はあります。」 ジムゾンはそう言ってぽんとヴァルターの肩を叩き、元の上座の位置へ戻った。 「ところで皆さん。今日は誰も襲撃されませんでしたね。」 「おとぎ話の狩人の存在がどうとか言うんじゃないだろうね。」 オットーが横合いからいきなり核心をついた質問を投げる。話の腰を折られたジムゾンはキッとオットーを一瞥して話を続けた。 「…そうです。考えられるとすれば、今日狩人が誰かを守ってくれた事だけ。もし今日、襲撃がヤコブに行われたとすれば。ヤコブはほぼ真だと信じていいでしょう。昨日は確かにパメラへの黒判定を出しましたが、仲間同士の演技と言えなくも無いですからね。 もしヤコブを守っていたのなら、名乗り出て下さい。」 昨日棺の件を聞いた時と同じ反応だった。それぞれ小声で私語こそするが、名乗り出る者はいない。ジムゾンのアテは外れたか。そう思った瞬間、一人の手があがった。 「トーマス。」 ジムゾンがその名を呟く。手をあげていたのはトーマスただ一人だった。 「俺が狩人だ。…正式には、特殊部隊員だが。」 他に狩人だと名乗り出る者は居なかった。今日は襲撃が行われなかった。恐らくトーマスが狩人なのだろうが、どうにも信じ難い。そんな小声の意見が聞かれた。 疑念が向けられてあわや処刑という局面での告白だ。信じ難いのも無理は無い。襲撃が行われなかった事も、ジムゾンが初日の説明で触れていたように“人狼が意図的に行わない”可能性もあるという。 だがトーマスに疑念が集中していたのならともかく。昨日まで、いや、先ほどヨアヒムが言い出すまでトーマスへの疑念は殆ど無かった。襲撃を行わずに狩人の守護が成功したと見せかけて騙る…。それをする必然性が出るのは、トーマスが疑われる位置に居た時だけだ。 勿論保険的な意味もあるかもしれないが、それにしても危険だ。何故なら、真の狩人が生きていたのならほぼ無意味だからだ。 ジムゾンはトーマスに何かしらそういう匂いを感じていたのだろう。そしてその可能性に賭けていた。完全に信頼するには危なっかしい感もあるが、賭けは成功したというわけだ。 「僕を守ってたって?…なんだか、この状況じゃ信じ難いな。」 ヤコブは複雑な表情でトーマスを見た。 「それもそうですね。」 ニコラスがその隣で相槌を打った。口元には微かに笑みが浮かんでいる。 「なにか理由でも?」 「言っても差し支えなければ。」 返答に含まれた意図を汲み取ったジムゾンは少し考えてから口を開いた。 「構いません。ご説明願いましょうか。」 ニコラスは静かに立ち上がった。 「それは、私こそが狩人だからです。トーマスさん。人狼はあなただ!」 次のページ |